オナホ売りOLの平日

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十字架の上の正しさか過誤か

6月26日は松岡洋右の命日だ。

外交官、満州鉄道総裁を経て、第二次近衛文麿内閣では外務大臣を務めた。アメリカへの留学経験もあり流暢に英語を話す。

 

松岡を有名にしたのは、1932年のジュネーブ総会の演説だろう。満州においての振る舞いを欧米から糾弾された日本をキリストにたとえ熱弁した。

日本は今、十字架の上にいるキリストのごとく罪に問われている。キリストの正しさが後の世で明らかになったように、日本の正しさは後の世で分かることだろう。

「十字架の上の日本」とも呼ばれたその演説は、松岡の流暢な英語もあり、欧米諸国の出席者からも絶賛された。これを機に、日本は国際連盟を脱退する。

 

しかし、松岡の言う日本の正しさは証明されることなく日本は敗戦。この演説から14年後の1946年6月26日、松岡はA級戦犯として病死することとなる。松岡の言う正しさなど証明できなかったけれど、高校でこの演説を知ったわたしは、その言葉にひきつけられた。高校卒業から10年以上経った今でもこの演説を思い出す瞬間はある。蔑ろにされているその正しさは、後世の世が証明する。その言葉の力強さは、今、この瞬間、蔑ろにされているわたしを何度も救った。

松岡の行動への非難は多くある。日本を戦争に導き、国内外の多くの人を死に追いやった。その罪はある。だけど、それでも、わたしは歴史上の人物として、松岡洋右を嫌いにはなれない。松岡の留学中、下宿先のアメリカ人婦人は、実の息子のように彼を可愛がり、優しく接した。松岡は後に、アメリカを第二の母国だと話したという。その母国アメリカとの戦争を推し進めたのも松岡自身だ。

親しみのある国でありながら、日本の政治家の立場として、アメリカと戦争をしなくてはいけないと判断した。その判断は間違いだったのだけれど、良いか、悪いか、好きか、嫌いか、善か、悪か、単純な二元論で判断しない、深く知り、情が沸き、それでも戦うとした松岡の割り切らない判断にわたしはひかれてしまう。結果的にその判断が誤りだったとしても。すべてにおいて、善か悪か、味方か敵かの判断を迫る世の中で、極端に割り切らない判断をする人は気になってしまう。

 

◆名誉棄損か、表現の自由

最近、伊藤詩織さんが漫画家のはすみとしこさんを提訴したニュースを見た。わたしはこれに対して、伊藤さんに賛同するか、否か、善いか、悪いか、判断を出せずにいる。

news.yahoo.co.jp

 

ジャーナリストの伊藤詩織さんは6月8日、自身の訴える性被害について「枕営業」などと揶揄するTwitterの投稿に名誉を傷つけられたとして、漫画家のはすみとしこさんら3人に計770万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴した。

 

リアリティショー『テラスハウス』出演中にSNSで誹謗中傷を浴びていた木村花さんの死去に言及し、「私もアクションを起こさなければと思い、急ぎ足で訴訟をスタートすることにした」と語った。

  

私個人の好みとしては、はすみとしこ氏の漫画は嫌いだ。わたしは、下劣な表現だと思う。だけど、この下劣に見える表現を罪としてしまっていいのか、そのこまでの判断を下していいか、わたしにはわからない。

記事によると、伊藤さんは、先日亡くなった木村花さんを例に挙げ、自身の意見を述べた。木村花さんの死をきっかけに、政府も誹謗中傷の規制に動き始めている。 

一方で、ネット上での表現の規制に関して、慎重になるべきという意見もある。

 

有田氏、政府のネット規制の動きは「容認できない」

www.nikkansports.com

 

ネット中傷対策 自民が厳罰化検討 「表現の自由」規制に懸念 

www.tokyo-np.co.jp

 

この提訴により、インターネット上の表現が、損害賠償を支払う対象となるという前例ができる可能性がある。それによって、どのようないい点、悪い点があるのだろうか――それはその状況になってみないとわからない。ただ、前例ができたとき、それは、政府やそれを支持する人に対しての誹謗中傷もその対象になる可能性があるようにわたしは思う。言論の委縮につながってしまわないか。

 

わたしは以前、日本テレビ記者、清水潔さんのSNSでの投稿が、政治家や特定の思想を持つ人の名誉を傷つける目的の発信に見えると書いたけれど、これも対象になってしまうのだろうか。

mochi-mochi.hateblo.jp

 

わたしは清水さんをジャーナリストとして憧れていたので、そういった発信をすることを残念に思ったけれど、その発信を、規制や制限する必要があると問われると、わたしは、はっきりとは答えを出すことができない。わたしの好みではないけれど、許されていい表現のような気もしている。わからない。

伊藤さんの受けた被害はあまりに大きい。彼女の受けた性的暴行は残酷極まりないし、その後、伊藤さんを中傷する人の言葉もあまりにひどい。だけど、それでも、損害賠償を払うものだと判断してしまっていいか、悪いか、わたしにはわからない。伊藤さんのこの提訴は、伊藤さんだけの問題にとどまらず、いろんなところに影響がでるように、わたしは思えてしまう。

 

◆匿名の個人から直接向けられる暴力 

わたしの意見だけれど、伊藤さんは、木村花さんのように傷つく人をなくしたいというのであれば、伊藤さんを直接攻撃してきた人を提訴したらよいのではないかと思う。記事によると、伊藤さんは、匿名の人物からひどいメッセージや画像を直接送られてきた。

www.businessinsider.jp

嫌がらせや誹謗中傷はエスカレートした。

自分が行った場所の写真と性器の写真が同時に送りつけられたこともあり、身の危険を感じたという。

  

news.yahoo.co.jp

「死ね」などの暴力的な言葉や、家族や友人に向けられた誹謗中傷もあったといい、伊藤さんは「道を歩いているどれくらいの人が、こういう言葉を発しているのか怖くなり、外出できなくなった」と振り返る。

 

性器の画像を送ることも、「死ね」とメッセージも送ることも、彼女に直接向けられた攻撃だ。名もなき匿名の個人からの攻撃。「誰がやったのかバレない」と思っているから発することができた暴言だろう。

木村花さんも名もなき個人からの攻撃に苦しめられた。そういった、彼女に直接向けられた攻撃を罪に問うのであれば、わたしは彼女に賛同できる。名前のない個人だからといって言葉の暴力を投げていいはずない。

伊藤さんのアカウントに向けて「死ね」などの暴言を送ったり、メールアドレスに性器の画像を送ったりしたら罪に問われるようにわたしは思う。だけど、風刺画という、人によっては、作品ともとらえられるこのできるものを、公に向けて発表するということが罪に問われるのか、わたしにはわからない。

 

当該のイラストは、個人的に嫌いだし、品性のないもののようにわたしは感じる。けれど、それでもわたしは善悪の二元論で片付けられないでいる。そして、もし、名誉棄損が認められなかったとき、イラストがより過激な表現になってしまうことも、わたしは心配している。一度、司法によって、認められた前例があれば、より過激な表現になっても認められるかもしれない。そのとき、伊藤さんは、きっと、もっと苦しめられる。

 

十字にかけられたそれが、正しさなのか、過誤なのかは、それは後の世にならなければ分からない。この結果は、後の世が明らかにすることだろう。