オナホ売りOLの平日

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蓮舫は小池百合子になれなかった。

7月27日は1976年に田中角栄が逮捕されたことから、政治を考える日なんだそうです。そんな日に合わせたように、大臣が辞めたり、野党代表が辞めたり、政局のニュースが重なりました。

 

www.sankei.com

“墜ちた女王”なんて書き方が、産経新聞らしくてとても好き。リベラルや女性や、既存の権力に対抗する圧力をこき下ろす保守イデオロギー。引用元が分からなくても産経新聞だとわかりそう。わたしの大好きな産経新聞に、満身創痍で退場と評された「墜ちた女王」は、清濁併せ呑み、多くの人に支持されるリーダーにはなれなった。でも、わたしは、そんなこと最初から決まっていたように思えたの(今ここで言っても後出しじゃんけんみたいになるけれど)。産経新聞では、都知事選で、小池百合子知事のライバルになると懸念されていたと書かれているけど、蓮舫氏は大衆に好かれない。蓮舫小池百合子になれなかった。

 

◆グラドルは女子アナに勝てない

小池百合子氏は元アナウンサー。アイドルオーディションみたいな面接試験を勝ち抜いて、かわいいが保証された人たちだけど、「報道がしたい」とか言っておけば、チヤホヤされたくない、目立ちたくないと言い訳できる。綺麗と思われながら、奥ゆかしい深窓のお嬢様のようにふるまえる。

 

一方で蓮舫氏はグラビアアイドル出身。同じように、かわいくてチヤホヤされる職業だけど、「チヤホヤされたくない」と言えない。ファンに疑似恋愛に近い感情を抱かせるよう、男性の理想の女の子像にならなくてはいけない。見た目は好いけど、ちょっとおバカで、男性より上には行かない、そんな女の子たち。頭良くても生意気にならないアナウンサーとは違う。フィールドが変わり、自分の今までのイメージを覆そう、知的に見せようと奮起すればするほど、生意気に映る。

 

蓮舫氏には「不幸せ」が足りない

2人の子供も持つ蓮舫氏に対して、小池氏はバツイチで独身。どんなに仕事がうまくいっても、プライベートでは幸せに見えない。そこが、ひがみとか、嫉妬の避雷針になっているように私は思うの。どんなに、すごく仕事を成果をだしていても、「でも、結婚してないし、子供もいないし」と思わせれば、見ている人に劣等感を抱かせない。

わたし、このやり方はニューハーフのタレントさんやゲイバーの店員さんも一緒のように感じる。どんなに、キツいこと言っても、成功しても「でも、マイノリティだから、普通の幸せは手に入らないだろう」で、嫉妬の対象になりえない。相手に少しの優越感を抱かせる。あの人は、みんなが思う幸せと引き換えに、楽しく過ごしているんだと思えば、納得できる。

二人のお子さんと、旦那さんに恵まれた蓮舫氏は、避雷針がなかった。綺麗で、家族に恵まれて、そのうえ、仕事もうまくいっているって、うまく行き過ぎていてずるいよね、って思われる。

 

◆強気な姿勢は自分を苦しめる

そして、蓮舫氏の持ち味の強気な姿勢。これは、頼りになるように見えるけど、もろ刃の剣で、自分に不手際があったときに、同じように追及される。昔のブログでも書いたけど、少し頼りなくて、それでも、この人に任せたいと思わせる「わたしが助けたいヒーロー」だったら、少しの失敗も素直に謝れば許されたかもしれない。だけど、私たちをひっぱてくくれる「わたしを助けてくれるヒーロー」は、少しでも、頼りない部分が見えると途端に責められ見放される。なぜなら、頼りがいが彼らの魅力だったから。

mochi-mochi.hateblo.jp

グラビアアイドルという色眼鏡で見られ、知性や頼もしさは演出しないといけない彼女は、綱渡りのような不安定な方法でしか、指示を得られなかったのだろう。

 

 

7月27日、「政治を考える日」のきっかけとなった田中角栄は、1983年10月、ロッキード事件の一審で実刑を受け、即日控訴。その2か月後の衆院選では大差をつけ当選している。本当に信頼されている人間だったら、たった一度の失敗だけで、見捨てられることなんてないんだよね。墜ちた女王にそんなことを考える余裕なんてないかもしれないけど。