オナホ売りOLの平日

大人のおもちゃメーカーで働くOLのブログ。

生産性がないから死んでください

雑誌「文學界」に掲載された古市憲寿氏と落合陽一氏の対談が話題になっている。終末医療費用が高額になることを指摘し、延命治療をやめる提言が問題視された。

www.buzzfeed.com

 

”古市:財務省の友だちと、社会保障費について細かく検討したことがあるんだけど、別に高齢者の医療費を全部削る必要はないらしい。お金がかかっているのは終末期医療、特に最後の一ヶ月。だから、高齢者に「十年早く死んでくれ」と言うわけじゃなくて、「最後の一ヶ月の延命治療はやめませんか?」と提案すればいい。胃ろうを作ったり、ベッドでただ眠ったり、その一ヶ月は必要ないんじゃないですか、と。順番を追って説明すれば大したことない話のはずなんだけど、なかなか話が前に進まない。安楽死の話もそう。

 

落合:終末期医療の延命治療を保険適用外にするだけで話が終わるような気もするんですが。(『文學界』1月号より)”

 

 少し前に話題になった「LGBTは生産性がない」という発言と似ている。その人が生み出すもの、与える影響の、大きさ、多さ、広さ、そんなものだけでその人の価値が図られているようだ。「残り一ヶ月の余生では生きたところでなにも生み出さない。生きている時間が一ヶ月伸びだところでなにも変わらない」。そう言われているように感じた。

 

安楽死を認めるかどうか

安楽死の議論は昔からある。わたしは、安楽死自体を一概に否定はしない。難しい問題ではあるが、人間が、自分の意志で、合法的に命を終わらせる選択があってもいいと思う。評論家の西部邁さんは、昨年、自ら命をたった。命を絶つ選択をした彼の背景には病気で苦しみ、最期を迎えた妻の姿があった。「生と死、その非凡なる平凡」で西部さんは夫人の最期をこう書いている。

生と死、その非凡なる平凡

生と死、その非凡なる平凡

 

 

 

私の妻が 「死に瀕する 」段階において 、 「ペインクリニックを滞りなくやってほしい 、余計な延命治療はやらないでもらいたい 」というのが担当医にたいする私の唯一の依頼事項であったし 、妻の私にたいする唯一の事前の懇願事項もそれであった 。そして私は 、点滴でかすかに栄養を補給しつつモルヒネで鎮痛を図るという治療過程が 「薬剤による緩慢な殺人行為 」 、つまり放っておけば三か月の余命のあいだの激痛をモルヒネで抑えつつ 、命を二か月に短縮するという意味での殺人にほかならぬことをよく承知してもいた 。だから 、その治療が本格的な調子になったときに妻が次のようにいったのを聞いて 、びっくりはしなかったものの 、「彼女の判断能力もモルヒネでついに狂いはじめた 」との思いを深くせずにはおれなかったのである 。

このままいくと大変なことになる 、お願いだから殺してほしい 、あなたの手で殺して、ころして 、コロシテ 。

曖昧な文句でやりすごそうとしても噓の通る相手ではないので 、というよりそう構えて妻と付き合ってすでに五十有年であるからには 、私は次のように応じる以外になかった 。そんなに頼むんなら殺してやってもいいような気もするけど 、しかしなあ 、君を殺せば 、殺人罪で刑務所というのはよいとしても 、七十五になろうとする爺さんの妻殺しはどうも格好が悪すぎる 。

 「殺してほしい」と言う妻に「75近くになって妻殺しはかっこ悪いな」と言う夫。治療で苦しみ迎える最期と、夫の手によって終わらせる最期、どちらが不幸せなのだろうか。

 

西部さんの本をみて、わたしは、わたしの祖母を思い出した。脚が動かなくなり、寝たきりになった祖母は食べ物を食べられなくなり、腕に点滴をするようになった。

細くなった腕から血管は見つからず、何度も注射をし、そのたびに祖母は点滴を嫌がった。内出血で黒くなった腕。どんどん痩せていく体。丸くてしわしわで、わたしがなんども繋いだ柔らかい祖母の手のひらは、骨と皮だけの骸骨のような手になっていた。そして、うわごとのように「しにたい」と言った。そのしにたいがどこまで本心か分からない。分からないけど畑仕事が大好きだった働き者の祖母にとって、脚が動かなくなったことは、生きる希望を削いでいく出来事だったように思った。「ばあちゃん、もう無理しなくていいよ」と言えたら、彼女は幾分楽になれただろうか。分からない。

 

◆死のコストを問う

だけど、わたしは、安楽死の議論のなかに、「文學界」で落合さんと、古市さんが語ったようなコストの議論が入り込ることはいけないことだと思っている。死の時期を決めることできないし、もしできたとしても、本人の意思以外にはあってはならない。

昔、「ソイレントグリーン」というSF映画を観た。人口が増加し、食べ物が足りなくなる未来を描いたSF作品。食物が不足し、人々は、人工的に作られた「ソイレントグリーン」という食品で生をつなぐ。劇中、貧しい老人が、生きることを諦め安楽死の施設に行く描写がある。貧しさや年齢から生活を維持することが難しくなり、自ら選ぶ死。そんな死に方、現実の世界であってはいけないと思う。たとえ、一か月間の命の維持であっても、自分の命は、自分が生きたいか、生きたくないかの意志だけできめなくてはいけない。

ソイレントグリーンの設定は2022年。今から3年後の未来。なんだか、この議論を予測したみたいだなと思った。

ソイレント・グリーン (字幕版)
 

 

◆生産性がないから死んでください

LGBTは生産性がない」と発した女性議員は、今はもうブログを更新し、ツイッターを投稿し、以前と変わらず意見を主張している。雑誌に廃刊に追い込み、たくさんの書き手の表現の場を奪っても、嵐が過ぎれば元通り。たぶん、「文學界」に載ったこの対談も数か月たてば忘れられ、誰も話題にしなくてなく。愚かな大衆はすぐに忘れる。どんなに批判されても一時が過ぎれば元通り。議論になるのと、忘れるのを繰り返しながら、ゆっくりと確実に命に生産性をもとめられる世の中になってくよう。

腐女子カーストの人を傷つけるお節介

知り合いのブログやSNSをこっそり見るのが趣味です。よくない趣味だとも思うんですが、こっそり見ちゃいます。とくに、ちょっと苦手だなって思う人のものをつい見てしまいます。「だって、公表しているやつだしいいよね?」と言い訳をしながら。最近は、苦手だったライター時代の上司のブログをついつい見てしまうんですよね。

彼女の近状を盗み見ると、「今年の目標を立てようと思ったけど、これがやりたいというものがないからたてられない」と綴っていました。「そんな時期もあるよね」とほかの人が書いていたら思います。だけど、彼女がそう書いたことがわたしは納得できなかった。

6年前、彼女は職場の面談で、「成長が遅い、やる気が見えない、三年後のビジョンを考えた方がいい」とわたしを注意しました。ライター楽しくないな、頑張り方が分からないな、と漠然と思っていたわたしは、上司とのその面談が決定打になって退職を決めました。3年後のことなんか分からないし、とふて腐れて。だから、その記事を読んだとき「3年後を考えろってわたしに言っていたのに!! 3年後まで決まってるんじゃないの?」とゴワゴワした気持ちになりました。

 

◆私は苦手だけど、相手は気が付いてない

わたしは仕事を辞めるきかっけになるくらい苦手な上司だったけど、彼女にそれは伝わっていなかったようです。退社直後、親しい人に見せるために始めた非公開のSNSに読者申請がきました。わざわざ申請を送ったことに「ああ、わたしはこの人に苦しめられたけど、きっと気づいていないんだな」と思いました。だから、「目標が決まらない」と書く今の彼女は、わたしに「3年後を考えろ」と言ったことを覚えてないかもしれません。

彼女に限らず、気が付かないうちに加害者になってしまう場面はあります。やったほうは加害をしていることに気が付いてない。彼女はきっと、私の悪い部分を直してもらうため、と考えていたと思います。だけど、余計なお節介が人を傷つけて、ずっと残ってしまうことはある。

 最近「腐女子カースト」というマンガが問題になりました。

headlines.yahoo.co.jp

アニメやBLが好きな女性、いわゆる腐女子を悪く描いていると批判されていました。わたしは作品の一部しか見ていませんが、服装に気を配らないように見える腐女子の方に対して、そんなかっこうしてはよくないと主人公が内心思うシーンがありました。マナーがなっていない、TPOに合ってないから、きちんとした格好をしたほうがいいという意図で書かれたように思います。しかし、これも、以前の上司の言ったような人を傷つけるお節介に見えました。

仕事上必要で、清潔感のある服装をするといった場面は別として、趣味の場で、好きな洋服を着ているのに「変な格好だよ」と言われたら傷つきます。それは、人を傷つける余計なお節介かなと思いました。

以前、別のAVメーカーに勤めていたとき、コラムサイト「アム」で腐女子の方についての記事を書きました。アニメが好きな女性は同じ作品を好きだとしても、色んな主義主張があるように感じています。その中で、お互いが、お互いの好みが考えを尊重しつつ、成り立っているコミュニティだからこそ、今回の「腐女子カースト」をよく思えなかったのかもしれません。

am-our.com

 

 ◆彼女自身が追い詰められていたのかもしれない

前述の上司が、わたしに対して、意味がないなと感じるアドバイスをすることは結構ありました。当時同棲していたわたしに「一度は一人暮らししないとちゃんとできないよ」と言ったり、「モテるの?って聞かれたらモテるって自信をもって言わないとだめだよ」と言ったり。正直、仕事以外の考え方を押し付けてきてめんどくさいなと思っていました。そして、彼女はこんなことも言いました。「今は若いから許されるけど、20代後半になって、そんなふうに頼りないままだど、許されないからね」

だけど、それは嘘だなと思いました。当時も頼りなかったけど、今も結構だめな部分多いし、失敗するし、そのたびに回りに迷惑かけているし、たまに怒られもする。だけど、優しい人が多くて、なんとか許されています。わたしもう20代後半も終わるけど。

そこで、はっと思ったんです。当時、28とかそのくらいだった彼女は、わたしのような、失敗を許されている状況がなかったのかもな、と。

まわりに恵まれなかったのか、彼女自身になにかあったのかわからないけど、きっと今のわたしのように「みんな優しいな」と言えなかったのかもな。生きにくかっただろうにと、思いました。若くないからちゃんとしなきゃと、キリキリ生きていたのかもな。そう考えたら、目標が立てられないと言えるようになって、幸せなのかもしれないですね。

SPA!「ヤレる女子大学生」に激怒する愚かさ許さない世界

週刊SPA!の記事「ヤレる女子大学生」が女性差別ではないかと問題になっています。一人の女子大学生がインターネット上でこの記事に対する批判を行いました。

www.huffingtonpost.jp

 

女性の軽視は笑い事ではありません。こう行った発言により性犯罪に合う女性は後を絶ちません。法務総合研究所「第4回犯罪被害実態(暗数)調査」によると、日本で性暴力を訴える女性はわずか18.5%となっています。残りの81.5%は?我慢しています。性犯罪も、痴漢も、わいせつも日本の社会では「範囲内」だから。世界では、5人に1人の女性が18歳の誕生日を迎える前にレイプ、もしくは性犯罪に合います。法務省のデータによると、性犯罪で訴えられる人の10人に1人しか、罰しられません。(中略)私達、女性は男性より下ではありません。同じ人間です。男性のために存在しているわけではありません。声を上げて、日本でも女性に権利を、そして女性に対する軽視を無くしましょう。

 

www.change.org

 

 わたしは、「女性は男性より下ではありません」という意見に賛成し同意します。彼女の文章にあるように、レイプや痴漢など性犯罪がなくならないことは問題であると思いますし、被害者をなくしていかなくてはいけないと思っています。しかし、性犯罪をなくすことと、SPA!の記事をバッシングすることをは私のなかでは直結しません。

 

◆女性を性的に消費することの是非

SPA!に対する抗議文を載せた女子大生はインタビューに以下の様に応えています。

www.businessinsider.jp

 

大学生の約半数は未成年です。本来であれば社会に守られるべき存在なのに、こうして『性的に消費して当然』というメッセージがメディアを通じて発信される現状に驚き憤っています。

一方で女性誌も『どうすればモテるか』という内容ばかりで、私たち女子大学生も男性から性的に見られることに慣らされてしまっている。こんなのおかしいよね?と、今回のことをきっかけに同世代の女子に向けて問題提起を続けていきたいです

「女性を性的に消費して当然というメッセージに憤りを感じる」という箇所にわたしは賛成できませんでした。女性がレイプや痴漢などの性犯罪の被害者となることには怒りを感じます。なくさなくてはいけないことです。しかし、女性自身を攻撃するものでなければ、たとえ、それが、品性のない話題であっても許容してあげても良いようにわたしは考えています。わたしは「愚行権」という言葉が好きです。愚行権を調べると以下の様な説明が出てきます。

www.weblio.jp

たとえ他の人から「愚かでつむじ曲りの過ちだ」と評価・判断される行為であっても、個人の領域に関する限り誰にも邪魔されない自由

 

たとえ、それが愚かに見えるものであっても、他人に迷惑をかけない範囲であれば許されてもいいようわたしは思っています。「SPA!」の記事も、わたし個人としては品の良い記事だとは思いません。くだらないなと思います。だけど、実際に、その女子大の大学生に対してレイプしたり、痴漢したりしたら、非難すべき、罰せられるべきことですが、愚かな妄想をしているだけであり、その大学の女子大生に直接的な行動を起こしてないのであれば、愚行権の範囲であるようにわたしは思っています。

 

◆大学生を性的対象とみてはいけないのか

上記インタビューの文章には「大学生の約半数は未成年です。本来であれば社会に守られるべき存在なのに」とあります。しかし、日本の児童福祉法・児童買春処罰法では、18未満の人間を児童と定義し、彼らに性的な行為をすることを禁じています。判断力のない児童に対して性的な行為をすることはたとえ、本人の合意であっても罪になります。

しかし、18歳、19歳の学生を児童福祉法・児童買春処罰法のいう「児童」の範囲ではありません。そういった人々を「未成年だから社会が守ってほしい」というのは、なんとなく腑に落ちないよう思っています。

 

◆女性も男性を消費している

たとえば、女性側であっても男性を性的に消費することはたくさんあります。女性向けのAVや、男性のアイドルなど、男性の身体を性的な目でみる娯楽は多々あります。数年前に話題になった、暇な女性大生は慶応大や東大といった有名大学の大学や卒業生とのセックスをツイッターにつづっていました。面白いな、とわたしは楽しんでいましたが、今考えれば、あの内容も男性を性的に消費し、それを表現していると言えるように思いました。

diamond.jp

 

性的な内容ではありませんが、トイアンナさんの書いた「合コン男子マップ」も似ているようにわたしは思いました。

www.onecareer.jp

 

もし、自分がここに書かれた会社に勤めており、「あの会社の人は金払いがよくはない」「あの会社の人は静かで話さない」など、自分の意図しない形で判断されていたらショックを受ける可能性もあります。だけど、おそらく大半の人は、半信半疑で疑いながら、面白がって読んでいるのでしょう。決して上品でも知的でもないけれど、面白く消費できる読み物です。

愚かな妄想は世の中に溢れている。たぶん、それは男女ともあることで、SPA!の記事だけが行っているものには思えませんでした。愚かな妄想を「バカだな」と笑って流せる社会が私はすきです。ちょっと窮屈になってしまうのは残念だな。

落合陽一のように生きることは周りの幸せを奪うこと

前に今の会社の社長とごはんにいったときの話。

わたしは、「誰かと付き合ったり、結婚したりしたら、自分の目標とつながらない人間関係に時間を割いて、その分、やりたいことに時間をさけなくなる気がするんですよね」みたいな話を社長にしたんですよね。

そうしたら、社長はそれはヤクザの考えだよと呆れて、「たくさんのものを背負うとその分重くなって歩みはおそくなる、だけど、一歩一歩は深くなる」と言ったんです。「なんで社長は結婚しなかったんですか?」とわたしが聞くと、「背負うものが多くなったら、重くなって早くは走れなくなるから」と話しました。重く深い一歩、だけど、遅くて、いろんな人に抜かされる一歩。 

以前、社長はこんな話もしてくれました。「年収1000万円を超える人は日本人全体の3%しかいない。普通のことをしていたら届かない」。家族を背負い、安定を背負い、深くて、重い足で歩き、結果的に幸せだったと多くの人が思うかもしれない。だけどそれは一方で、社会的な成功をあきらめることでもある。思い通りの人生を生きることは、普通の幸せを手放すこと。

 

◆脳がなくなることに耐えられなかった西部邁

先日、批評家の西部邁さんの死に関するドキュメンタリーをテレビで放映していました。

www6.nhk.or.jp

西部さんは去年の1月、多摩川に飛び込み、死を迎えました。身体が弱り、一人で死ぬことができなった西部さんは、知人二人に手伝ってもらいながら命を絶ちました。番組では、遺体解剖の結果、西部さんの脳に萎縮が見られたことを伝えます。そして、西部さんの息子はこんなことを話しました。

自分の脳が壊れていく、頭が壊れていく様を見るなんて、頭で生きてきた、頭だけで生きてきた父にとっては、そのことを考えると恐ろしかったんじゃないですかね

知識で生きてきた西部さんにとって、脳が弱ることは自らがなくなることと同義。しかし、残された家族にとってみたら、脳が委縮し、以前のように物を書けなくなったとしても生きていてほしい大切な家族でした。自らの幸せと、家族や周囲の幸せがイコールではない場面は多く出てくる。そのときに、自らの希望を妥協させなくてならないかもしれない。西部さんは自分の考えを妥協できなかった。その結果、西部さんのご子息は、西部さんの死を受け入れられず、前に進めずにいるように見えました。

 

◆ワークアズライフの裏側

だけど、一方で、今は「好きなことをやれ」「やりたいことをやれ」という世の中の風潮があるようにも思います。筑波大准教授の落合陽一さんは以下のように話しています。

www.news-postseven.com

ワーク・ライフ・バランスが問題になるのは、「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にしていないからです。解決したい問題がある人間、僕だったら研究ですが、そういう人は、できることなら1日24時間、1年365日をそれに費やしたい。

 

著書の「日本再興戦略」にはこのような記述もあります。

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

 

 

これからは、ワークとライフが無差別となり、すべての時間がワークかつライフとなります。「ワークアズライフ 」となるのです 。生きていることによって、価値を稼ぎ、そして価値を高める時代になるのです。そうした時代において一番重要なのは、「ストレスフルな仕事 」と「ストレスフルではない仕事」をどうバランスするかです。要するに、1日中、仕事やアクティビティを重視していても、遊びの要素を取り入れて心身のストレスコントロールがちゃんとできていれば、それでもいいのです。(中略)実際に僕は、土日もなく、3時間睡眠くらいで働き続けていますが、ストレスはほとんどありません。自分がストレスを感じる事務作業などは、ほかのメンバーに助けてもらうことで、ストレスのある仕事を避けているからです。

 

まずは一個の専門性を掘り下げて名を上げたほうがいいのです。ニッチな分野でも構いませんので、とにかくまずは専門性を掘るべきです。せめてひとつは、トップ・オブ・トップの人と話すに足る何かを探さなくてはいけません。

 

その通りです。わたしも今の仕事が好きです。家でもAVのことを調べ、業界について書いた本を毎日のように読んでいる。好きなことを仕事にしたら、ストレスなく、やりたいことに打ち込める。そして、それを深めていくことで、できることも増える。一方で落合さんは「日本再興戦略」のなかでこうも話す。

 

しかしながら、すべてを、男女でフィフティ・フィフティにしようと思うことはフェアではありません。たとえば、日本社会では子育ては女性が中心で、男性はあまり手伝いませんが、そこは半分くらいしょうがない面もあると思います。子どもと母の身体的なつながりを考えると、子育ては母乳が出る母が主に担当したほうが、合理的な面もあるからです。母乳だけは男性が女性に代替するのは不可能です。  

 

好きなこと、やりたいことをやればいい、といいながらも、性別のような生まれ持ったものを根拠に、合う作業、合わない作業があると話す。なんだか、それが腑に落ちませんでした。

落合さんには、奥様も子供もいるようですが、奥様はなにをされているか私は公には公表されていません。なにか職業をもっているのかもしれないけれど、落合さんと同様に本を書いたり、講義をしたり、テレビ出演したり、なにかの分野のスペシャリストにはなり得ているように見えない、専門性を掘り下げているように見えません。落合さんのライフアズワークの働き方は、奥様の、生きがいを、24時間365日やりたいと思える仕事を、犠牲にしたうえで成り立っているようにわたしには見えました。もちろん、奥様本人がそれを幸せと思うならわたしは構わない。だけど、落合さんの一番身近な家族が、落合さんの考えを実践できていないように思いました。

 

◆家族を捨て、夢をかなえること

わたしの知り合いで、希望していた職業からの転職オファーを断った人がいました。「せっかく来た依頼なのにもったいないよ」と、言うわたしに、彼はこう答えました。「父がガンになって、今は生活できているけど、いつ悪くなるかわからないんだよね。だから、いつでも帰れる距離にいたいんだよね」。

首都圏の実家を持つ彼は、一人暮らしをしながらも、親御さんと定期的に会っているようでした。彼のお父さんのご容態は詳しくはわかりません。しかし、決して安心できる状況ではないようです。転職先は飛行機に乗らなくてはいけない地方。やりたかった仕事をやれと今の彼にいうのは、親を捨てろということ。それはとても残酷なことのように思えました。

だけど、わたしが同じ状況なら、きっとその仕事を受けと思います。一番好きなことを優先させる。それが、やりたいことをする覚悟だとわたしは思っています。だけど、そんな人間は残酷で人でなしだとも私は思います。きっと、今の世の中は、やさしい人が上に行けない世の中。だから、「やりたいことをやれ」と言う世の中はとても残酷な世の中であるように思っています。

 

AV制作者は犯罪者じゃない 

最近、AVの販売停止に関するニュースを読みました。

www.oricon.co.jp

 

「AV販売停止、8カ月で「1635本」…申請理由「出演強要」は6人、顔バレが最多」

同機構によると、約8カ月間で、3925作品(136人)の販売停止申請があり、最終判断にまで至ったのが、2770本(111人)となっている。作品によって対応が異なっており、販売停止は1635本、販売停止はしないが、女優名を削除する対応は777本、合意書で停止は46本、販売継続は167本――などとなった。(中略)申請者136人のうちわけは、女性130人、男性6人。申請理由(複数回答可)は、親・親類・友人への「顔バレ」が最も多く114人、ついで「社会からのバッシングへの不安」が81人、「婚約・結婚」が80人、「就職・転職」が57人となった。「強要・意に反した出演」をあげたのは6人だった。

 

強要・意に反した出演する人がいたことは、対策を考えなくてはいけないことです。だけど、停止を要請する人の大半がそういった理由ではなかったことは、ほっとしました。わたしが業界に入ったのは2015年です。そのせいか、「強要・意に反した出演」というニュースや記事を見聞きしても、どうしても、「私の知っているAV業界と違う」と思ってしまいます。もちろん、10年前、20年前の話はわからないし、人の話を聞く限りでは、あったのかもしれないなとも思う。だけど、「今もある」と言われると、わたしの知っている実態とかけ離れているように感じてしまう。

以前、「若草プロジェクト 設立3周年シンポジウム」を見学してきたことをブログに書きました。

mochi-mochi.hateblo.jp

 

そのイベントに出たとき、こちらの団体が発行している「少女 若年女性を支援する人のためのハンドブック」という冊子を購入しました。苦しい思いをしている女の子たちの事例と同時にサポートの方法も紹介していて、誰か困っている人の話を聞いた際には、参考になる書籍です。

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そのなかの「AV相談の事例」という項目に、「ムービーがネットでストリーミングされ、妊娠したかもしれない……」という見出しで以下のような相談の事例が紹介されていました。

16歳。両親と兄と同居。いじめがあったようで、高校には今年から行ってないとのこと。街頭でスカウトされ、芸能事務所だと思って面接に行ったらその場で性的な質問ばかりされ、おかしいと思っているうちに男性に囲まれて強かんされ、動画をとられたとのことだ。その時、妊娠してしまったようで、おなかが大きくて不安だと、民間の設置した電話相談に訴えてきた。

 まず、この事例を読んで、これはAVの撮影ではないように、わたしは感じました。こういった相談があるならば、女性を強姦し、映像をとる犯罪者が存在しているのは事実としてあるのだと思います。しかし、AVの撮影風に見える性犯罪と、実際のAVの撮影を混同させているように読んでいて感じました。

この冊子には、女性を強かんしたのがどういった組織だったのかは出てきていません。もちろん、それが本当に、AVメーカーや、AVプロダクションであったならば、対策をとらなくてはいけません。しかし、わたしの知る限りでは、こういった撮影方法をしているメーカーやプロダクションは、現在、聞いたことがありません。法的に問題のある作品を販売しないよう、メーカーとしても気を付けてもいます。

 

 ◆年齢確認は必ず行う

万が一、18歳未満の撮影を行った場合、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」に該当します。そのため、撮影前には必ず、身分証を確認し、未成年ではないか、年齢を確認しています。また、出演する女優さんには、事前にNGプレイ(アナルNGなど)の確認も行っています。

 

◆撮影はすべてフィクション

わたしの会社から発売されている作品の一部には、「作品はフィクションであること」「犯罪行為の演出があるが実際に行ったら刑法処罰対象になること」が注意書きとして記載されています。レイプ物や盗撮物など犯罪をまねた演出をしている作品にはこの注意書きがあります。レイプ風、痴漢風に見える作品であってもすべてそれは演出です。

 

◆審査を通した作品が販売されている

動画配信サイト「FANZA(元DMM.R18)」や大手通販サイト「Amazon.com」などで販売されているAVは、NPO法人知的財産振興協会(略称 IPPA)などの審査団体が行う審査を通過しています。明らかに、法的に問題のある作品は審査の段階でとめられています。

IPPA | 適正AVについて

 

もちろん、ここに書いた内容はわたしの知る限りのAVメーカーの姿勢です。わたしは、すべてのAVメーカーの内情を知っているわけではないので、すべてがそうだとは言い切れません。しかし、個人的には、そんな撮影してもメリットがあるのかなとも思っています。AVメーカーやプロダクションにとっても、未成年者の出演や、本人の意思を無視した撮影など、トラブルになりかねない撮影をするメリットは少ないように感じます。

 

そして、この話を読んで、怖いなと思ったのは、女の子を事務所に連れ込んで、強かんし、撮影している組織がいることで、加えて、その人たちが何者なのかが分かっていないことのように私は思いました。「おそらくAVだろう」ということで、AVの締め付けする裏側で、この犯罪者たちが活動を続ける恐れがある。小さな事例として、ひとつひとつに対処し、女の子を苦しめるものを根気強くつぶしていかないといけないよう思いました。

ムーラン北千住店で手書きPOPを売ってきた

みんな、みんな、ひさしぶり、もちこだよ。

みんな、商品買取は利用したことあるかな?
観終わったDVDを売る人が多いんだけど、ほかにも、フィギアやトレーディングカード
珍しい物だと、使用前のオナホールとかも買い取ってくれるんですって。(ふと気になって「使用済みオナホ」で検索したら、売買している別の機関があるようですね。売りたい方はそちらで)

商品買取りは各店、力を入れているポイントですが、ムーラン北千住西口駅前店様では、なんと「手書きPOP」を買い取ってくれます!

そんな店舗ほかにみたことない!!面白そうなので、小生も手書きPOPを売りに行ってきました。売ってきたのはこのPOP

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自信作のきのこ。
一番がんばったところはこの、まつ毛。抜けたのでセロテープでとめた。

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このきのこを持って、ムーラン北千住店様のPOP買取りを利用しました。

店舗にPOPを預け、査定後連絡がきます。店長さんと、POPに詳しい店員さん2人の計3人で査定するようです。査定結果がこちら

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150円!!!
「またこのPOP査定を持ってきてもらいたいか」という項目で100円の評価をいただきました。心意気を評価してもらったようです!店長が「気持ち悪いと、可愛いの中間ですね……」と困った顔をしたのだけが気になりますが、好評価だったようでよかったです!高校時代美術5をとっただけあるな!

しかし、ここで問題が。

「じゃあ、買取りなので、身分証を見せて、個人情報を書いてください」。

この150円のために、定期的にお会いする北千住店の店長さんに、小生の写りの悪い免許証写真を見せるのは恥ずかしい。今後、どんな顔で商談すればいいか。あの写真を見せた後に……
「あ、そちらのPOP寄付しますので、すきに使ってください」
150円でいつも多忙に働く店長がコーヒーでも買ってくれたらうれしいです。免許証の写真を見せてもいい方は、ムーラン北千住店様のPOP買取り利用してください!

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あと、ムーラン北千住店様では、タマトイズ、TMA商品も揃っているのでぜひついでに買ってね。

音楽フェス需要拡大の裏側で、なくなっていくライブハウス

渋谷にあったライブハウス乙がなくなるらしい。大学のとき、サークルの先輩がライブしていたな、と思いだした。思い出すぐらい、わたしは存在すら忘れていた。

 わたしが二十歳くらいのとき、知り合いのおじさんが「25歳を過ぎるとだんだん音楽を聞かなくなる」と、話していた。たしかにその通りで、大学を出たら、ライブハウスに行くことも、知らないバンドを探すこともしなくなった。

だから、なくなると聞いて、懐かしいなと思った。渋谷の屋根裏も、下北沢の屋根裏も、新宿のJAMも、いつの間にかなくなっていた。池袋にあったMANHOLEは浅草橋に移ったと、最近知り合いになったバンドマンの男の子が教えてくれた。90年代後半に生まれた彼は、渋谷の屋根裏を「そんなライブハウスあったらしいですね」と言った。彼は渋谷のパルコの向かいの、地下に続く階段を下りたことがないんだ。二十歳のころを思い出すわたしを置いてきぼりにして、Ellegardenのヴォーカルが組んだバンドがどれだけ素晴らしいかを彼は語り続けた。

 

◆CDが売れず増え続ける音楽フェス市場

ライブハウスがなくなったり、都心から移転したりしていく一方で、フェスの件数は増えている。ぴあ総研の調査によると、日本の4大ロック・フェスティバルと呼ばれている「FUJI ROCK FESTIVAL」、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」、「RISING SUN ROCK FESTIVAL」、「SUMMER SONIC」が軒並み盛況で、音楽フェスの市場規模が拡大されていると発表している。

corporate.pia.jp

 

映像や音楽コンテンツにお金を払う「コンテンツ経済」から、実際の体験にお金を払う「体験経済」、演者に共感し応援の意味を込めてお金を払う「共感経済」に移っていくと、以前、のSHOWROOM前田裕二社長が話していた。

mochi-mochi.hateblo.jp

 

CDが売れなくなった現在、その埋め合わせをするように「体験」つまり、ライブやフェスでお金をもらうバンドも多い。今までCDで聞くしかなかったバンドを体験できるようになった。小さなライブハウスで無名のバンドを聞くために割いていたファンたちのお金が、今まで見ることのできなかった有名バンドの体験に消えていくのではないだろうか。

 

◆バンドは有名になっても経済的には困窮する

2000年代前半に、バンドを組み「RISING SUN ROCK FESTIVAL」や「SUMMER SONIC」に出演していた知り合いがいる。彼のバンド時代の年収を聞いたら、私が想像していたよりずっと低かった。そこまでいってもそうなんだ、夢も希望もないなと思った。CDが売れなくなった今、現状は、おそらくもっと稼げない。「今は仕事しながらバンドする人が多いんですよ。フジロックに出演するバンドも仕事の休みを取って出演していたりするんです」。バンド取材の多いライターさんが教えてくれた。売れてもしんどい状況があるのは、音楽業界に門外漢のわたしでも感じ取れた。

 

◆現実が露わになりゆっくり沈んでいく

どんな業界でも、力のないところから衰退していく。音楽フェスの市場規模が拡大していることから、ライブ需要、音楽需要が拡大しているように見えそうになるが、実際は、末端であるライブハウスが抱えていた客を、大きなライブイベントや有名バンドが奪っているだけなのかもしれない。

最近、バンド「クイーン」の活躍を描いた映画「ボヘミアンラプソディ」を観に行った。作中で、フレディ・マーキュリーがこんな不満を叫ぶシーンがある

曲を作って、CDを出して、ツアーをする、曲を作って、CDを出して、ツアーをする、繰り返しだ。

華やかに見える音楽業界でも、実態は、ほかの業界と変わらない。ルーチンの退屈さも、弱い組織が淘汰されるえげつなさもある。だけど、それを上手に、上手に隠し、客を取り込んできた。現実が露わになった業界は、ゆっくりと、沈んでいくのかもしれない。