オナホ売りOLの平日

大人のおもちゃメーカーで働くOLのブログ。

「全裸監督」では見えなかった村西とおるの光と影

「監督、また一緒に仕事しましょうね、約束ですよ、ゆびきり」

冨手麻妙演じるAV女優、奈緒子は、山田孝之演じる村西とおるに小指を突き出す。無言でつきだした村西の小指と、奈緒子の指がつながる。撮影後の熱気を帯びた打ち上げシーン。NETFLIXで配信されている映像作品「全裸監督」の一場面。

 

知人に勧められて「全裸監督」を観た。おもしろい。全八話を一気に観た。福島の貧乏な家に生まれたサラリーマンが女の裸で成り上がるサクセスストーリー。何も持たなかった主人公たちが飛躍する流れは観ていてワクワクする。面白い。面白いけれど、腑に落ちない。これは、AV監督、村西とおるがモデルなんだよな……。脚色もあるだろうが、事実が元になっている。村西とおるが海外で逮捕された話も、ビニ本販売書店を大きくしていったのも実話だ。

 

◆AV女優だった黒木香のその後

「全裸監督」にででてくる黒木香も実在する。そして彼女は、村西と深い仲になり、その後、宿泊していた宿から飛び降りている。永沢光雄さんの「AV女優」の巻末。大月隆寛さんが永沢さんにインタビューした章にはそのときの黒木さんの様子が書いている。

それは失踪して数年、写真誌にスクープされてからすぐのインタビューだった。インタビュアーは女性ライターで、テキスト自体は確かに力の入った長いものだった。だが、その記事が出た直後、彼女(黒木香)は泊まっていた宿の窓から飛び降りた。自殺未遂説も流れたが、いまだに真相はわからない。わかっているのは、そのようにメディアの視線に再び捕捉された時点での彼女の精神状態が極めて不安定であったことと、飛び降りた結果、瀕死の重傷を負ったことだ。

「あれ読んで、なんか、いじめ以外の何ものでもないなあ、なんでこの状態の彼女にこれだけしゃべらせなきゃならないのかな、なんで女の人ってやさしくないんだろ、って思った。三時間でも四時間でもお話ししたんだから、その人がこれから元気になるようなものを書かなきゃしょうがないだろ、と。とにかくあそこまでしゃべっちゃう人なんだから、そういう状態なんだから、こっち側で書いちゃいけないところを考えて守ってあげないといけないのに。あれを書いた人と会ったことはないけど、きっと話を聴きながら頭の片隅で、『あ、これもらいッ』とか点滅してそうな、なんかそんな感じがした」

  

AV女優(上)

AV女優(上)

 
AV女優(下)

AV女優(下)

 

 

村西さんと黒木さんがどんな関係だったのか、本人たちにしか分からない。いろんな噂がある。だから、「全裸監督」に書かれたような、信頼関係が構築された時期もあったのかもしれない。だけど、後の黒木さんの姿と、「全裸監督」黒木香の姿はあまりにかけ離れたように見えた。

 

◆伝説のAV監督、村西とおるの影の部分

全裸監督の作中、アダルトビデオだと告げずにモデルをつれてきたマネージャーに対して、帰れ、と憤る村西とおるの姿が描かれる。もちろん、事実として、そういったこともあったかもしれない。だけど、ちょっとよく書きすぎてないか、とわたしは思ってしまった。東良美季さんの「裸のアンダーグラウンド」で、AV監督、日比野正明さんは村西とおるさんと共に働いた時代について話している。

大抵の場合AVの撮影は、一作品を一日から二日、多くて三日かけて撮るのが普通だ。ところが当時のクリスタル映像、村西組では、五人から十人近くの女の子を九州や北海道という地方(時にはハワイやヨーロッパ)へ連れていき、一度に何本もの作品を撮影するのが普通だった。「何故かというと女の子を騙してたからだよ」と日比野は言う。「女の子は何をさせられるのかわかってないわけ。だから逃げて帰れない程強く遠くへ連れてくんだよ。もちろん『アダルトビデオ』ですとは言いますよ。だけど当時は今ほどAVに市民権無いからさ、女の子はアダルトって言われても何だかわからないわけさ。村西さんセールスマンあがりだからね(村西とおるはポルノ業界に入る前、二十代の頃は百科事典や英会話教材を売る猛烈セールスマンだった)、都合の悪いことは絶対に言わないわけです。ヨーロッパ連れてってあげるよ、北海道行くよ、ギャラはこんだけ出るよって良いことだけ言う。後で女の子が『セックスするなんて聞いてなかった』って言ったら『それはあなたが聞かなかったからです』って言う。聞かれたら私はちゃんと答えましたよ、というわけさ」

裸のアンダーグラウンド

裸のアンダーグラウンド

 

 出演強要なんて言葉がなかった時代。セックスをすると理解せずに現場にきた女の子たちをAVに出演させていた。当時と今では、世間の考えも、認識も違う。だから、当時の罪を、今現在、激しい言葉や、感情的な言い方を使い、一方的に批難することがいいとわたしは思えない。

だけど、それでも、その事実は消せない。女性側の意志を無視したことも、それによって当事者たちが傷ついたであろうことも消えない。たくさんの事実をふせて、「伝説のAV監督村西とおる」として、美化するような描き方に、すこしだけ違和感が残った。村西とおるのだめだった部分、よくなかった部分、そんな部分も含め、描いてもよかったんじゃないか。

 

◆盟友、日比野正明の話から見えてくる村西とおる

日比野正明さんは、「裸のアンダーグラウンド」でこんな話もしている。

ただね、タイヤモンド※の作品って、実はそんなに女の子に対して無茶はしてないんだ。村西さんもオレもね。画を派手にするためにでっかいバイプ使うとか、縛るだ3Pだ4Pだってのは少ないんだよ。少なくともオレは、女の子がカメラの前で初めて股間を開く瞬間、そのときの感情の揺れみたいなものにこだわって撮ってきた。それは今でも変わってない。

※ダイヤモンド:村西とおるさんが立ち上げたAVメーカー「ダイヤモンド映像 」

 

女性という素材を大切に扱い、最大限、美しく、エロく見えるように撮った。だからこそ、村西さんに「また一緒に仕事したい」という女性もいたんだろうと想像できる。だけど、わたしは、そこだけを取り出す描き方に偏りがあるように感じた。

「全裸監督」の原作者、本橋 信宏さんは著書「高田馬場アンダーグラウンド」で過酷な取り立てが噂になったサラ金グループ、杉山グループ会長、杉山治夫に関して書いた際、こんな話をしている。

多くの取材を通じて、私はどんな人間も多面的な生き物であり、完全なる善人もいなければまた完全なる悪人もいない、という結論に達したものだ。世紀の悪人に違いない杉山会長だったが、私は周りからよくあそこまで書いて無事でいられるな、と呆れられた。

高田馬場アンダーグラウンド

高田馬場アンダーグラウンド

 

 

完璧な善人も、完璧な悪人もいない。ならば、もう少し、広い視野で伝説のAV監督を描けたんじゃないかなと思う。

 

 

光文社の「本がすき」というサイトで、わたしもちこが「オナホ売りOLの日常」というタイトルの連載をはじめました。アダルトグッズ、AVの営業として、普段の仕事について書いています。よかったらこちらも読んでください。

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honsuki.jp

 

望月衣塑子原案「新聞記者」は卑怯な映画だ

西部邁さんの「妻と僕 寓話と化す我らの死」でとても好きな箇所がある。自身の妻から「あなたはどうして左翼というものをやめたの」と聞かれた西部さんは以下のように答える。 

妻と僕 寓話と化す我らの死

妻と僕 寓話と化す我らの死

 

 

左興方面の文献をいろいろ読んでみたところ、誠実だが選鈍、といった印象を強く受ける。その印象のうちには、自分は間違っているかもしれぬと内心ではわかっているのに、自分は間違っていないと確信しているふりをする、ということも含まれる。その意味では、左翼の連中の誠実さというのは、傲慢と同義なんだ。実は、そのことは、読書をする前にわかっていた。仲間の言動を見ていてそう思ったし、ほかならぬ自分が、傲慢な誠実、の轍にはまっている、と認めざるをえなくなった。前に別れるときに話したように、そんな僕が正当な理由なしに敵対党派の大網を殺すか、彼らに殺されるのは堪らんと思った。

 

 西部さんは、大学時代は学生運動に身を投じ、左翼運動家として活動してきた。その経験の結果をもって、この言葉がでたのだろう。だけど、西部さんのような、過激な青春時代をすごさなくとも、今の若者は西部さんが言ったこの事象に気が付いているような気がしている。先日の選挙結果、20代は与党支持者が多かったと報じられた

www.nikkei.com

  

悲惨な安保闘争とその結果の虚無を経て、西部先生がたどりついた思想。その思想に、今の20代、30代は安全な位置にいながら気が付いている。政権交代と、その後の虚無。そんなものを見せられたら、きっと、火炎瓶もゲバ棒も使わずに、この虚無感に気がつくのだろう。なにをやっても今まで変わらない。だったら一番マシなものを選べばいい。この前の選挙の直後、ジャーナリストの津田大介さんは沖縄の若者に自民党支持が広がっていると嘆いていた。どんな地域においても、若者の与党支持は広がっている。

 

 

そういえば、参院選の投票日より前に、映画「新聞記者」をみた。わたしが行った映画館がたまたまそうだったのかもしれないけど、振り返って観客席を見たら、60代かそれ以上に見える、ご年配の方ばかりだった。「新聞記者」の原案は東京新聞の望月衣塑子記者。政権の中枢、管官房長官に舌鋒鋭く切り込む女性ジャーナリストとして話題になった人物。彼女の思想に共感するのは、青春を左翼運動にささげた方々が多いのかもしれないな。今回の選挙結果をみて、若者の少ない観客席を思い出した。

shimbunkisha.jp

 

◆視聴者を誘導するフィクション映画「新聞記者」

映画「新聞記者」は、権力中枢の闇に迫る女性記者と、内閣情報調査室に勤める若手エリート官僚の対峙と葛藤を描く作品。フィクションなのだろうが、「加計学園問題」や「伊藤詩織さんの準強姦訴訟」など実在の事柄を連想させる描写が多く、わたしは好きじゃないなと思った。フィクションをつかって、見ている人の政治的な思想を誘導しているように感じた。内閣情報調査室に勤める人たちが、政府に都合の悪い人の批判をネットに書き込むシーンや、首相の友人が経営する大学が、軍事兵器の研究を行おうとしているとわかるシーンなど「本当なのかな?」と疑うシーンがあった。

内閣情報調査室に勤める人たちがネットに書き込むシーン」に関しては、実際の元内調職員が事実と異なると語る記事もでている。

gendai.ismedia.jp

 

実際に、映画に描かれていたようなネットを使った情報操作は行われているのか。元内調職員に聞いてみた。

「まず、ありえません。というのも250人の職員は国内、国際、経済など各分野に分散配置されていて、とてもではないですが、1日中パソコンの前に座って世論操作をやっているヒマはないからです。

それに、映画に出てくる杉原は外務省からの出向ですが、外部の人間にそんな怪しい任務を任せたら、あっという間にリークされて週刊誌ネタになりますよ(笑)。今でもキャパが足らず、本業の分析ですら追いつかないくらいですから。

大体、ネトウヨのアカウントに数十人が必死で書き込むだけで、世論操作なんてできるんでしょうか。そんなに簡単に誘導できるなら、逆になぜ今、政権批判アカウントがあんなに活躍できているのか。いくらフィクションとはいえ、ちょっと内調の力を過大評価しすぎかなと思いました」

この元職員は、こうも指摘した。

「内調の現場を仕切る杉原の上司が、官邸前のデモ参加者の写真に印をつけて『これを公安調査庁に渡して、経歴を洗え』と指示するシーンには違和感がありました。内調から見ると公安調査庁はライバルですし、組織としての格も対等ですから、命令できるような立場にもない。こういう細かいところが取材不足で、『新聞記者』と銘打っている割にちゃんと取材できてないんじゃないか、と言いたくなりますね」

  

軍事兵器の研究に関しては、加計学園での研究が軍事利用される恐れがあると言う意見もある。だけど、『マスコミも書いていない仮説なので信用されないかもしれない』という注意書きがあり、有識者のイチ意見としかでていない。この後、望月さんが取材をして事実であることを証明しているのかもしれないが、わたしが調べた限りでは見つからなかった。

www.huffingtonpost.jp

 

加計学園問題は、安倍首相が長年の友人に対する不公正な利益供与を行なった政治的スキャンダルであることは論を俟たない。実は、この加計学園問題で注目された獣医学部の新設条件、いわゆる「石破4条件」から、軍学共同と関連した「生物化学兵器の研究」の拠点作りという新たな側面が浮上しており、今後はむしろこちらの方が大問題に発展する可能性がある。ここにその根拠を書いておきたい。マスコミも書いていない仮説なので信用されないかもしれないが、以下を読んで判断されたい。

 

わたしも望月さんの書いた記事をすべて読んでいるわけではない。だからもしかしたらこういった事実を報じていたかもしれない。だけど、報じてないのであれば、これを新聞記者が原案と謳った映画で描いてしまっていいのだろうか。これを見ることで、政権へ批判的に考えるように誘導される。政府って実はこんなことをしているんじゃない?と疑ってしまう。

そして、もし、これは事実であるならば望月さんは、ジャーナリスト望月衣塑子として、自身の勤める新聞社でキャンペーンを打って大々的に報じるなり、ノンフィクションの書籍を出版するなり、事実として大きく報じないといけない。こんな事実があります、恐ろしいです、と警笛を鳴らすのがジャーナリストの仕事だ。ジャーナリストが、事実を似せているだけです、と逃げ道を作って表現するのを良いと思えない。そしてこれが事実でないなら、ジャーナリストが見ている人を誘導するような作品を作ってしまうのはよくないと思う。

以前、元TBS記者の山口 敬之さんが書いた「総理」が政権を持ち上げる安倍礼賛本だと、ニュースサイトリテラに批判されたけど、望月さんが原案を考えた映画「新聞記者」は政権を誹謗中傷したイデオロギー映画に見える。わたしは、どちらもジャーナリストの立場の人が発するものとして、相応しいものだとは思えない。だけど、とくに、望月さんの発していることは私刑(私人が勝手に加える制裁)に違いように思う。事実かどうかではなく、自分の善悪の感情だけで、人や組織を社会的に傷つけてしまっていいのだろうか。それをジャーナリストが行ってしまっていいのだろうか。

lite-ra.com

 

mochi-mochi.hateblo.jp

 

 

◆ジャーナリストとして報じるリスクと恐怖

だけど一方で、すごく腑に落ちたシーンもあった。松坂桃李さん演じる官僚に取材をするシーン。主人公の女性記者は、政権にとってデメリットとなる情報を聞く。この事実を報じたい、だけど誤報であると政府から批判されたらと不安に陥る。このシーン後、主人公の父親が自身の報じた誤報により、過剰な批判受けながら亡くなっていったことが明らかになる。

嘘を報じるリスク――それが新聞記者にとって大きな恐怖であることが、この映画を観て伝わった。主人公の父が報じたスクープは、実際は誤報ではなかった。それでも、無実の罪は晴らされることなく、嘘を言った記者として死んだ後も悪く言われ続ける。新聞記者として、ペンを持つ望月さん自身もその恐怖は付きまとっているのだと思う。

だけど、だからこそ、ジャーナリストである彼女が、「フィクションの映画」として、この話を世に出すのは卑怯だと思う。もしここに書かれていることが、望月さんが見てきた事実であるなら、ウラをとって、新聞記事なり、ノンフィクションの書籍として世に出すことが、ジャーナリストとしての仕事だ。こんな形で、こんな映画の原案に付き合っている時間があるならば、もっと、もっと、取材をして、記事を書いて、ジャーナリストとしての仕事をしてほしい。わたし自身ジャーナリストになりたかったので、すごく、すごく、もどかしい気持ちになった。

 

◆軍事利用をいけないと言い切れなかった望月衣塑子

望月衣塑子さんは、2019年4月16日、東京MXの番組「モーニングクロス」に出演していた。そこで、望月さんは宮古島にある陸上駐屯地に関して、防衛省が小銃などの保管庫と説明していた施設が弾薬庫だったことを批判した。さらに、宮古島の軍事利用がすすみ、要塞化しいていると非難する。それに対し、共演していた元産経新聞記者のジャーナリスト福島香織さんが以下のように反論する。

なんで宮古島に駐屯軍を置くかというと、あれは宮古海峡を守るためじゃないですか。あそこに中国艦船がしょっちゅう入ってきて、自分の海のよう通っているわけですからそれに対して、威嚇というか武力の力をみせるにはあそこに、対艦誘導弾とか必ず必要なんです。そのために基地作りましょうと言っているのに、今更保管庫とかいって

 

そこでそういうものが必要だって世論に説明するというのは、メディアも悪いと思うんですよ。悪いことをしているみたいに言うんだけれど、あそこに駐屯軍があるっていうのは、日本の国家、国防のためには、戦略的には非常に重要な場所なんです。

 

福島さんの批判に意見に対して、望月さんは、住民に説明してから決めるべきだったと意見を述べる。「説明を果たしていればこじれはなかったとおもうんですけど」と。そもそも、基地を置いてはいけないんだ、要塞にしてはいけない、そんな反論はなかった。テレビだから時間の関係もあったのかもしれない。それでも、わたしはトーンダウンした印象を受けた。

もちろん、平和は大切だ、軍事利用なんてしないほうがいい。だけど、それでは成り立たない。「もし外国から攻撃されたとき、日本人の平和を守るのか」と問われたらなにも言えなくなる。この番組に出た後、福島さんはツイッターでこんな発信をしていた。

 

福島さんは産経新聞時代、北京支局に勤めていた。中国で取材に協力し、福島さんに力を貸した中国の人たちがいた。中国の、市井の人々が悪いわけではない。でも、中国をはじめとした国々と、国と国として対峙するとき、軍事的な方法も用いなくてはいけなくなる。福島さんの意見を聞いていると、わたしは、臭いものに蓋をして、理想論だけを語ることが空虚なことのように思った。現実をみて、メリットとデメリットを天秤にかけて、そして、その中で一番マシな方法を選ぶしかないんだ。自民党に一票を投じた若者たちは、そのことに気が付いているのだろう。自分の本心を押し込めて、「自分は間違っていない」と思いこむことに意味なんかない。

ジャーナリストになれなくてオナホ売りOLになった

ジャーナリストになりたかった。週刊誌フォーカスに所属していた清水潔記者が書いた「遺言:桶川ストーカー事件の深層」という本を読んでこんな報道をしたいと思ったんです。男女の喧嘩で片づけられようとしていたストーカー事件が、実は、悪質な加害者の残忍な犯行だと報じた。「被害者も悪い」と言われた世論を覆して、ストーカー規制法ができる流れはすごくかっこよくて、わたしも清水さんのように、市井の声を世の中に届けたかった。自分の書いた記事で世の中を変えたかった。だけど、残念だけど、新聞社はどこも採用されなくて、わたしは小さな広告代理店で求人広告のライターとして働いた。

ライター時代、よく書けたと思える求人広告で採用が決まったとき。読んだ人の気持ちを動かせたようで嬉しかった。けど、そんな風に思うことは少なくて、わたしはライターを辞めた。作業みたいに、文字を書くのが嫌になった。転職活動中、アダルトの広報職の求人を見つけたの。その会社の広報さんは連載も持っていて、ああ、自分の言葉を発信できるかもなと、思った。

アダルトに偏見はあった。昔、ブログにも書いたけれど、大学時代、エロを研究のテーマにして、それを理由に出版社の採用試験に落ちたりもした。だから、この業界に行っていいのか悩んですよね。エロだし、リスクもあるし、どうようか、と。偏見もある、悪いようにも見られる、そんなデメリットがあるから、行くなりに、自分が納得できるなにかを得ないといけないよな。

mochi-mochi.hateblo.jp

 

最初にAVメーカーに入るとき、この業界で働くメリット・デメリット、この業界に入って、やりたいことを箇条書きで書いたんです。今見返すと、もっとうまい言葉選べよとか、気取った言い方してとか、思う。おいおい、恥ずかしいな。そのとき書いた「連載を持ちたい」とも書いた。最近、本当に連載はじまったんですよ。

 

honsuki.jp

 

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シュールな絵柄になっているよ。うれしいよ。

ただ、今はやりたいことが出来てうれしいって気持ちだけではなくて、エロに興味をもつ、何か足がかりになればいいなと思うの。エロビデオ屋さんはどこも工夫しながら一生けん命営業していて、それでも今の時代DVDはうれなくて、大変で、悲しいなと思うことも多い。AVの出演強要問題もあり、業界全体への風当たりも今は強い。わたしがこれを書いたところでなにか変るか分からないけど、これを読んでアダルト業界に少しでも興味を持ってくれたら嬉しい。

面白いマンガもつけてもらった。これをみて、普段アダルトグッズにふれない人たちが「アダルトっていうほど悪い物じゃないかもな」と思ってくれたらうれしいなあ。自分の言葉でなにかを変えられたらいいと思うの。

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一徹「セックスのほんとう」に書かれた性との適度な距離感

直接会った人の本はできるだけ読むようにしています。会った印象と、書いた文章の印象を比べるのは結構たのしい。会ったときは話してなかったけれど、こんなこと考えていたんだって思う。

少し前に、一徹さんと会ったとき、今度、本を出版するんですよ、と教えてくれた。一徹さんがどんなことを考えているか気になって買ってしまった。読んだ印象として、少し意外だったけど、とても好感がもてた。セックスを過度に素晴らしいとも、悪いとも言わず、適度な距離感を感じられた。

セックスのほんとう (ハフポストブックス)

セックスのほんとう (ハフポストブックス)

 

 

 

◆一徹「セックスのほんとう」にあるセックスとの距離感

全体の印象としては、セックスしたい人はして、したくない人はしなくていい、と言われているようでした。自分のしたいように性に対してとらえていいんだよ、と伝えているように感じた。たとえば、セックスレスに関しての項目で、一徹さんはこんな風なことを書いています。

 

男性はどうしても「セックス=射精」と考えてしまいます。でも、自分や相手の体調や都合で射精をともなうセックスが難しいこともある。そんな時は、「1分間ハグし合う」などセックスの定義を変えるのがいいと思います。

僕は、お互いがお互いを大事にしている気持ちを共有することができたら、それはもう「セックス」だと思うんです。

 

いわゆる「夜のおつとめ」のような義務感が男女両方から消え、夫婦であったとしても、セックスを断られる状況になってきた。これはこれで、健全な状態とも言えます。相手に無理強いをしない社会になったとも言えるかもしれません。

「家族としては好きだけど、セックスはしたくない」と思うのであれば、それを伝えて新しい関係を築くと言う方法もあり得るでしょう。

セックス以外に愛情の確認を取れるのであれば、それでもいいかもしれません。夫婦の数だけ、セックスの形があっていいと思います。

 

そうだよね、挿入だけがパートナーとのコミュニケーションじゃないよね。好きって気持ちがあって、ただ抱き合うだけでもいいし、それも夫婦やカップルの愛情表現でいいよね。

 

◆セックスと恋愛を切り離そうと言う森林原人

ただ、一方で、わたしたちの業界で「好きな人とただ抱き合うだけでいい」「セックス以外で愛情をとれるのであればセックスをしなくてもいい」という人は少ないように思います。

以前、AV男優の森林原人さんにインタビューした『「結婚とセックスと恋愛を一緒にするのは無理がある」AV男優・森林原人がたどり着いた結婚観』という記事を読みました。そこで、森林さんは、セックスと恋愛、結婚を切り離しましょうと語っていた。

r25.jp

僕も以前はセックスと愛情をワンセットだと考えていたので、お仕事でセックスをするたびに女優さんを好きになっていたんですよ。(中略)でもいつもAV女優さんに恋して本気になっては、「勘違いしないで、キモイ」と振られていました。「あれだけセックス中“気持ちいい”って言ってくれたのになんで!?」と思うじゃないですか。でも「性行為がよかった=付き合う」とはならないんですよね。僕が現場でどれだけいいセックスをしても、「その人の心を奪い取った」とはならないんだ、と気づいたんです。そこからセックスと愛情を切り離して考えられるようになったんですね。

 

「お互い他の人とセックスしてもいいんじゃない?」と提案されたときに傷つく人は、セックスと愛情を結びつけている人。行為と人格を結びつけすぎている人です。もちろんセックスは特別な行為ですが、セックスを必要以上におおごとに捉えると息苦しくなってしまいます。

 

自分がその欲望を満たしてあげられないのに、相手の行動を制限するのはエゴだと僕は思うんです。

 

森林さんとは一度だけお会いしたことがあります。紳士的でとても素敵な方でした。誰に対しても、フレンドリーに接して、サービス精神もあって、たくさんの方に好かれるのも分かるなって思った。著書の「セックス幸福論」は、共感できる箇所もたくさんあった。森林さんは素敵な方だけど、このインタビューに関しては、わたしの考えとは違うかなと思いました。

わたしは愛情を切り離してセックスするのはさびしいよなと思うし、恋人や結婚相手が、自分以外とセックスしたら嫌だなと思う。もちろん、わたしとは違う考えを持つ人がいるのも分かります。パートナーが自分以外とセックスすることを嫌でないと考える人もいるだろうし、そうでない人同士が一緒になることはいいことだと思う。だけど、同時に、結婚・恋愛とセックスを一緒に考える人も、いていいんじゃないかな。

今は素晴らしいアダルトグッズもたくさんある。単純に射精したい欲求、オーガズムに達したい欲求を満たす方法はたくさんある。それでも、セックスするのは、単純に性器を挿入をしたい・されたい欲求ではなくて、相手と距離を縮めたいという気持ちなのではないかな、とわたしは思います。でも、それなら、距離を縮める相手にパートナー以外を選ぶこと、気持ちのつながりを、恋人・結婚相手が自分以外ともつことを嫌だという気持ちもあるんじゃなか、と。

さっきも書いたけれど、複数人のパートナーを許しあえる関係があってもいい。そういった人も受け入れられていい。だけど、わたしはしたくないし、したくない人の気持ちも許されて良いんじゃないかなあ。 

偏差値78のAV男優が考える セックス幸福論 (講談社文庫)

偏差値78のAV男優が考える セックス幸福論 (講談社文庫)

 

 

◆セックスは楽しんでもいいし、しなくてもいい

わたしたちの業界で働いていると、セックスや性がほかの人よりも近い。そして、性に対してマイナスイメージを持つ人は少ない。だから、どうしても「セックスってすばらしいですよ」「もっとセックスしましょう」「多様な性を楽しみましょう」「もっと性を考えましょう」と、セックスや性に興味をもつように、セックスをもっとするように、と促してしまうことがある。そして、保守的な性意識を否定してしまいそうになるときもある。

セックスが好きな人がセックスをするのはすごくいい。だけど一方でセックスを無理にしなくてもいいのかなと私は思っています。森林さんのいうように、セックスと愛情を切り離して、行為自体を楽しんでいる人もいると思います。そういった考えも素晴らしいと思う。だけど同時に、そうではない人、パートナーとだけセックスをしたい人、愛情のあるセックスだけをしたい人、セックス以外の形で愛情表現をしたい人も認められてもいいんじゃないかな。そして、愛情とセックスを切り離さないで考える人のために、一徹さんの本は参考になるように思った。

市川まさみのストーカー被害から見える理想のAV女優を求めすぎる弊害

「デマンドさんも大変そうですよね」

店舗の商談の最後に雑談することは結構あって、その日は、AV女優の市川まさみちゃんがストーカーの被害にあった事件について話した。犯人は、彼女のイベントで刃物を持って現れたこともあったと、報じられている。

www.nikkan-gendai.com

 

「でも……そこまで、いかなくても、AV女優さんに対して、過剰な気持ちをもってしまう人はいますよね。昔、AV女優さんのイベント後に、彼女が忘れていった手紙を拾ったんですけどね、そこにホテルの住所と自分の電話番号が書いてあって、ここで待っていると、書いてあったんですよ」

わたしは、それを聞いて、怖いなと思った。もしかしたら、人によるのかもしれないけれど、セックスしたいと思っていない異性から、性的なことを迫られるのは、わたしは嫌だなあ。自分が望んでいないのに性行為を強制されそうになるのは怖い。だけど、別に、それは、その相手が嫌いなわけではない。セックスはしたくないけれど、話したい相手も、会いたい相手もいる。そんなふうに会いたいと思う人であっても、性的な関係を求められると、嫌だなと思う。好きな相手であっても、距離を縮められすぎると怖い。そこの距離感はすごく難しいんだけどね。店舗の人は「忘れ物」と言ったけれど、わたしは、女優さんは、怖くなっておいて行ったのかもしれないな、と思った。

 

◆理想のAV像を作る負担

可愛くて、きれいで、優しくて、エロい……多くのAV女優さんが、男性にとっての理想の女の子だと思う。だけど、それは彼女たちが努力して「AV女優像」を作っている部分もある。昔、ブログで書いたけれど、やさしくて、一生懸命で、丁寧なAV女優さんがマネージャーさんと二人きりで話す一瞬だけ砕けた雰囲気になっていて、私たちの前ではがんばっているんだなと思った。

mochi-mochi.hateblo.jp

 今見ているAV女優さんは、彼女たちの努力で作り込まれた虚像だと思う。だから、イベントのときは、理想の女の子として、優しく、丁寧に接して、いつも笑ってくれる。エロいことも言うし、セクシーなポーズで写真に応じてくれる。だけど、それは、仕事のときだけ作られるAV女優像だと思うんですよね。その姿を、仕事以外にまで求めてしまうのは、彼女たちの負担になってしまうように、わたしは思う。

イベントをやっていると、AV女優さんは、みんな一生懸命で、ファンの名前を全員覚えたり、お客さん一人ひとりに手作りのプレゼントをあげたり、イベント内容以上のサービスをしている女の子もたくさんいる。だけどね、それは、彼女たちが、私たちメーカーやお客さんたちのために、必要以上にがんばってくれているということなんだよね。それはすごくありがたいし、嬉しいけれど、「当たり前」と思ってはいけないと思う。

イベント告知に書いてある内容は、やらないといけないこと。だけど、それ以上は、プラスアルファの彼女たちのサービス精神で成り立っていることだと思うんです。もちろん、それをしてほしいと思う気持ちは分かる。わたしも女優さんには、ファンに好かれて欲しいと思う。お客さんに喜んでほしいとも思う。だけど、それで、無理をして女の子の心が潰れてしまってはいけないよ。

前述した市川まさみちゃんにストーカーした男性が、加害に至るきっかけは、プレゼントをツイッターに載せなかったことだと報じられています。

白木容疑者はかつてプレゼントを渡したにもかかわらず、本人のツイッター上でそれに言及がないことを逆恨みし、市川を誹謗中傷するツイートを繰り返していたため、7月に市川の所属事務所からイベントへの“出禁”を言い渡されていたんです。

 わかる、わかるよ、好きな女の子のためにプレゼントを選んで、自分の働いたお給料で買って、喜んでほしいと思う気持ちはわかる。だけどね、AV女優さんが理想の女の子でいないといけないのは、ギャラをもらって働いているイベント会場と撮影現場だけで、その以上を期待してしまうのは、彼女たちの負担になってしまうんじゃないかなと思う。SNSを仕事に含めるかどうかは個々人によって違うだろうけど、わたしはギャラがでない以上、それは彼女たちの善意やサービス精神からの発信だと思っている。

 

◆一徹の言う「無理のない範囲で応援してほしい」という言葉

わたしはメーカーの人間なので、ひとりでも多くのお客さんにイベントに来てほしいと思う。お客さんと話すのは楽しいし、ツイッターや直接会ったときに「●日イベントだから来てください!」と言う時もある。だけど、最近は、口にしては言わないけど、無理をしすぎないで、とも思う。ディズニーランドでミッキーマウスと写真を撮るのが楽しいように、理想の女の子であるAV女優さんと過ごすイベントは非日常で楽しい。「今週末は女優さんに会えるから仕事をがんばろう」と思えるのはすごく素敵で、すごくいい。彼女がいるから頑張れる、という存在になれるのは、女優さん自身もうれしいと思う。

だけど、それが行き過ぎて、自分のほかの生活を圧迫するようになって、「こんなに頑張っているんだから、相手も自分をトクベツに見てくれる」と期待してしまうのは、わたしはいいとは思えない。応援して、仕事や生活をがんばろうって思えるならいいけど、ファンの人自身が辛くなってまで、応援するのはよくないよ。自分自身のために、無理をしないでほしい。無理のない範囲で応援してほしい、というのは、この前、AV男優の一徹さんと話しときも話題にあがって、一徹さんも自身のサロンのなかで「金銭的に無理のない範囲で応援してほしい」と伝えた、と言っていた。応援したい、好きだから会いたい、そうやって思う気持ちはあるけれど、「生きがい」ではなく「依存」になってしまうのはよくないようにわたしは思う。

 

◆楽しくAV女優と接するための距離感

そして、わたしも自身、AV女優さんと近くなりすぎてはいけないとも思っています。メーカーで仕事をしているけど、AV女優さんの連絡先はひとりも知りません。相手からは聞かれないし、自分からは聞きません。女優さんのイベントにお客さんでいったりはするけど、AV女優さんと友達みたいに会うことは今までなかった。ふたりきりになるのは、イベントのときくらいです。

わたしなんか、何の権限もないけど、一応メーカーの人間なので、AV女優さんはわたしに気を使うと思う。仕事相手だから、AV女優として接してくれる。だけど、ギャラを払わないときまで、そんな気遣いを求めていいのか、とも思う。だから、みんな、すごい好きだけど、わたしからは距離を縮めすぎないようにしよう、と思っています。

それに好きなAV女優さんだと、わたしのほうも、AVにでている彼女を期待してしまうように思うんです。たとえば、わたしはあべみかこちゃんが大好きだけど、貧乳で、ちょっとテンションが低くて、たまに笑う顔のかわいいあべみかこちゃんが好きで、でも、プライベートであった時に、ハイテンションで元気がよくて、ハイタッチとかする、パリピなあべみかこちゃんだったら……それでも、きっと素敵だけど、なんか違うってなる。ちょっと落ち込んでしまうと思う。だから、あべみかこちゃんすごい好きだけど、仕事以外で会ってはいけないと思う。

お互い好きで居続けるために、適度な距離感は必要かなと思うんです。長く付き合っていきたいから、適度に、適度に、お互いが負担にならない範囲で一緒にいたいな。あべみかこちゃんかわいい。

 

光文社の「本がすき」というサイトで、「オナホ売りOLの日常」というタイトルの連載をはじめました。アダルトグッズ、AVの営業として、普段の仕事について書いています。よかったらこちらも読んでください。

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honsuki.jp

 

#kutooの動き阻む女性のプライド

「#kutoo」というハッシュタグが最近話題になっているようです。ハイヒール着用を義務付ける職場のルールを変えよう、ヒールのない靴を許してもらおう、という動きです。

女優でライターの石川優実さんの呼びかけで始まった「#KuToo」運動。職場でのパンプスやハイヒールの着用義務をなくし、履く履かないを選べるようにしようというものです。

www.bengo4.com

 #kutooと一緒に化粧をするマナーもなくそうという動きもあり、化粧のルール化をなくす航空会社もあるようです。

メイクをしたくないキャビンアテンダント(CA)は、男女を問わずメイクをしなくてもいい。イギリスの航空会社ヴァージン・アトランティックが、新方針を発表した。

www.huffingtonpost.jp

 

わたしはこの動きにすごくすごく良いと思います。芸能人のような見た目の美しさが自分のセールスポイントになる人は別ですが、それ以外の、普通の会社員にまで動きにくい靴や、肌に負担をかける化粧をマナーとして強要していいものか、と思っています。汚れた服装や清潔感のない見た目は印象が良くない。だから男女とも、髪を整え、服をキレイして、仕事をするのはわかる。でも、女性だけに、過剰に見た目の良さを求めるのは嫌だなと思っていた。#kutoo賛成すごくいい。(というか、わたしはすでにヒール靴なんて履いてないけどね)

 

◆#kutooに反対する女性の声

だけど一方で、#kutooに対しての反対意見はある。そして、それは男性ばかりではなく女性から沸き起こっている。たとえば、作家の鈴木涼美さんはアベマTVの番組で#kutooに対して、以下のような意見を述べている。

「こういった運動は世界各地で起こっている。一部賛同は得られるがそれ以上の広がりがない、乗らない女性が多いことを考えると、女性がキレイでいることは社会的要請である一方、女性自身の普遍的な欲望でもある」

abematimes.com

「女性は綺麗でいる」という価値観の押しつけが男性ではなく同性から起こる。これは、この問題だけでなくて、色んな場面で起こるのかなと思います。

 

◆服装自由の会社でのメイク強要

わたしが大学をでてすぐの頃。小さい広告代理店でバイトをしていました。そこで、同僚の女の子が「化粧をしなさい」と女性の役員に注意されていました。その子は制作職として働いていました。制作職は「髪型服装自由」と募集広告には書かれています。「化粧自由」とは表記してなかったけど、取引先と接することがないから、服装もカジュアルでもいい。そんな職場でお化粧する必要あるのかなと、そばでみていて思ったんです。派手な見た目ではないけれど、不潔な服装はしていません。さらに、仕事の面ではすごく優秀。美大卒でデザインセンスがすごくいい。なんか、あら捜しをしているようだなと思った。

注意した女性役員はもともとは営業職だった人で、50歳近い年齢だと思いますが、毎日バッチリメイクをして、ハキハキと気の強そうな女の人でした。きっと女性営業として、ガツガツ働いて結果を出したんだと思います。隙のない見た目の人です。だから、だと思うんです。美大卒で、隙だらけの制作職の新人さんが目についてしまったのだろうな。役員の彼女の側に「化粧をするのは当たり前」「自分は毎日やっているのに」みたいな考えがあったように思ったんです。

 

◆化粧圧は女性からくる

わたしも普段あまり化粧をしないので、化粧しなよ、みたいな圧を感じることがあります。でも、その「化粧圧」って男の人ではなく、女の人から感じることが多いんだよな。そもそも男性は自分がしないせいか化粧の濃淡を気が付かないことが多い。

以前、女の子に「化粧しないから一緒に写真とれない」と話した時「わたしは化粧をしないで出かけたことなんて一度もない、ありえない」と言われショックをうけました。

 化粧もヒールもないほうが俄然楽でいいんですよ。それでも化粧をするのは、鈴木涼美さんの言うように、自発的な気持ちもあるとは思いますが、それよりも、他者からの評価を下げたくない、きれいに見られたい、という気持ちで気を使っているように思うんです。以前も、書きましたが、女性は他人からの承認により自信を持つ傾向がある。自分自信が綺麗でいたいよりも「綺麗に見られたい」のほうが強いんじゃないかな。

mochi-mochi.hateblo.jp

 

「あか抜けない子」「ダサイ子」と思われないように顔を作る。ほんとは面倒だけど頑張る。だからね、めんどくさいことを放棄する子がずるく見えるのかなと思います。わかる。すごくわかる。わたしも頑張ったんだから、がんばってよ、と思うことある。だけど、わたしは化粧をがんばりたくはないしなあ。やっぱりね、自分が頑張りたい、めんどくさくてもやりたい、と心から思えるものに注力するのがいいんだろうな。

ハヤカワ五味が炎上して収束した話

「ハヤカワ五味ちゃんが生理用品を入れる袋を断ろうってネットで言ったら、誹謗中傷を受けて、ツイッターも更新できなくなって、可哀相なんだよね」

ネット界隈の炎上話を肴にお酒を飲むことはたまにあって、その日も知り合いとハヤカワ五味ちゃんが炎上したって話をした。わたしはハヤカワ五味ちゃんのことを若い女性の起業家さんぐらいの認識しかなかったので、その炎上の件は知らなかった。一緒にお酒を飲んだ彼は可哀相だと言ったけど、彼の話を聞く限りでは、批判されそうな話だなとは思った。

◆#NoBagForMeが押しつける価値観

家に帰る途中、ハヤカワ五味ちゃんの生理用品の取り組みを調べてみた。ユニ・チャームと共同のプロジェクトで、生理用品を隠す袋を断ろうというキャンペーンらしい。ニュースサイト「ハフポスト」にこのプロジェクトの記事がでていた。

生理用品を隠すための紙袋やビニール袋はいりませんーー。その選択肢を後押しするプロジェクト「#NoBagForMe」を、生理用ナプキンなどを扱う大手メーカー、ユニ・チャームが始める。

 

プロジェクト発足の背景について、ユニ・チャームの広報担当者は「世の中には、『生理は恥ずかしいもの、隠すべきもの』という価値観がある。それを象徴することの一つが紙袋だと考えた」と説明。情報発信や新たな商品開発によって、その価値観をアップデートすることが目的という。「強制や押し付けではなく、『紙袋はいらない』という”選択肢”を後押ししたいと思います」とも強調した。

www.huffingtonpost.jp

このニュース記事を読んだだけでは、プロジェクトのすべては分からない。だけど、わたし個人の意見としては、賛成できない内容だと思った。「強制や押し付けではなく、『紙袋はいらない』という”選択肢”を後押ししたい」と書いてあるけれど、「紙袋をいらないと言おう」というテーマを掲げ、それに賛同する人を集め、紙袋をもらわない、生理をオープンにするという価値観を肯定的に話したら、価値観を押し付けられているように感じてしまうだろうな。まだ、「プロジェクトが始まります」という告知記事しかでてなかったので、詳細は分からないけど、なんとなく、抵抗感を感じる人がいるだろうことは予想できた。

わたし個人としても、生理をわざわざオープンに話したいと思わないし、誰かが生理の話をしているのを聞くのもあまり好きではない。他の人のプライベートな部分を見たくないと思う。体の悩みを相談する機関は必要だと思うけれど、公にする必要はあるのかなと思ってしまった。そんな意図はないのかもしれないけど、生理をオープンにしたくない人の意見を排除してしまっているように見えた。

 

さらに、ハヤカワ五味ちゃんは、「なんでツイッターを休んだか」とnoteに投稿する。

note.mu

ただ、あまりにも内容を無視したハヤカワ個人の人格否定的なツイートが多すぎたので、流石に「いやそれは関係ないやろ」とムカついてしまい、途中ツイート内容が偏りすぎた表現になってしまったので、その件に関してはTLの皆まさにご迷惑おかけし申し訳ないです。

まだ、批判されている最中にこれをみたので、彼女が感情的にこの状況を辛いということで、生理の話題は炎上する、生理の話題は批判されるというイメージが付くだろうな。生理がよりタブーになって彼女の考えと逆行してしまいそうだなとわたしは感じた。

 

◆「生理用品は買いにくい」を解消する

最初は、わたし個人的には「なんとなく賛同できないな」と思っていたんだけど、ハヤカワ五味ちゃんが6月14日に投稿した「私は生理用品が作れなかった。 #NoBagForMe」というnoteの記事でこのプロジェクトに関して投稿するのをみてちょっと変わった。彼女は生理用品を作ろうと思った経緯に対して、「生理用品を買いにくい」という悩みを女性が抱えていることを書いていました。

 

周りのスタッフや友人にもヒアリングしたところ「生理用品を買おうとレジに向かう途中で、通りすがりのおじさんに卑猥だと罵声を浴びせられた」といった、到底理解しがたい辛い体験をした女性もいました。

note.mu

 

ああ、なるほど、たしかに、それなら分かる。生理をオープンにしたいなんて思わないけれど、生理用品を買う恥ずかしさ、後ろめたさは理解できる。そして、それを解決するために、シンプルなデザインの従来の生理用品とは異なる生理用品をつくろうと言われれば納得できる。

最初にあげた 「#NoBagForMe」の紹介記事も、ハヤカワ五味ちゃんが書いた「私は生理用品が作れなかった。 #NoBagForMe」というnoteも伝えたい根本は一緒で「生理の恥ずかしさをなくそう」というテーマなのだと思う。

だけど、最初にでた「#NoBagForMe」の告知が、「生理を恥ずかしくないものと思うようにしよう」「生理用品の袋を断ろう」という「価値観の押しつけ」のように見える内容であるのに対して、14日に書いた「私は生理用品が作れなかった。 #NoBagForMe」は、生理用品を買う恥ずかしさという「不便を解消したい」という内容。相手に行動を求めるのか、自ら動くのかの違い。

同じ意見であっても、価値観を押し付けられると抵抗感がある。「それはあなたの考えでしょ」と言いたくなる。だけど、不満や不便を解決できるように動きます、と言われれば抵抗感なく受け入れられる。どう伝えるか、表現するか、それだけで、印象が変わるんだな。何を伝えるかも大切だけど、どう伝えるかはもっと大切かもしれないな。