Twitterには、頻繁に品性の無い投稿が流れていく。これは、私が日常的に下世話な話題ばかりを見ていて、それを把握したアリゴリズムが、マッチする投稿を見つけてくるからだ。つまり、私の品性が無い、それだけだ。
それで、その頻繁に流れてくる品性のない投稿の中に、こんなものがあった。
ある小金を持ったであろう男性の投稿だ。彼が夜中二時に二十代の女の子を呼び出したが、女の子側が遠方に住む友達と一緒でもいいか聞いてきた。その男性は、タクシー代を要求する前程の卑しさに辟易として女性のラインをブロックした。
そんな内容だ。
Twitterでの決まりきった定説として、この投稿は非難にさられる。「オジが若い子と飲めると思うな」「夜中二時に女性を呼び出すのは非常識」「リスクを鑑みて友達を呼んだのに分からないのか」。累々と連なる厳しいコメント。ネット上でよくある話だ。あーあ、大変だな、事実だとしてもせめて投稿しなきゃいいのに、ぐらいに思っていた。
ただ私は、やたら若く見えるプロフィール写真を見て、「オジ」と呼ばれるこのアカウントがいくつなのか気になった。オジと呼ばれるからには40代、もしかしたら50に近いかもしれない。娘ほどの年の女と安く飲もうとするなよーと思いつつ、彼の画面に飛ぶ。書かれていた年齢はわたしのふたつ上だった。
オジ……自分が若くないのは分かっていた。だが、失態の末にオジを連呼される年になったか、わたしも。そうか、勉強になった、ありがとう。オジと呼ばれた彼に感謝の念を抱きつつ、親近感も沸いてしまって、他のプロフィールも調べてしまう。
大手の人材広告企業出身、広告部門の営業職としてMVP受賞……誇らしげに書かれた経歴を見て、懐かしい気持ちになる。わたしも彼が働いていた時期に人材業界で働いていた。私は制作職だったけれど、同じ職場の同僚の中には彼と同じ広告の営業をしていた人もいる。人材広告の営業という仕事を想像できる。
◆働き方改革以前の世界で20代を浪費した
営業フロアにいくと、入った途端に幾人もの声が聞こえる。
渦高く積まれた顧客リストを横に、営業マンたちが電話をかけている。
新規顧客のアポイントをとるためだ。
アポイントをとったら営業に出て、次いでに飛び込み営業も行う。
夕方過ぎまで飛び込みをして、帰社後は事務作業。
定時退社などできることはなく、退社は早くて21時、ときには終電近くになる。
ノルマは厳しく、三カ月の試用期間のうちにやめる社員もいた。
いつのまにか、入った新卒の半分がいなくなっていた。
2010年代前半の人材広告の世界、オジの彼がいて、私もいた世界。過酷だった。電通の女子社員が亡くなった、あの悲しいニュースよりも前で、働き方改革なんて言葉はない。リーマンショック直後の就職難の時期で代わりなんていくらでもいると思わされていた。ゆとりだと罵られ、上がらない給料の中、他にいくとこもないのでそこで働いた。
わたしは彼がちょっと可哀想になってしまった。たぶん彼は、積み上げられた顧客リストを電話して、酷い罵倒も受けた。試用期間で辞める同僚を冷めた目で見ながら、必死に働いた。売れる奴が偉い、結果出す奴が偉い、そんな環境で罵られても食らいついて働いた。そして、ノルマに苦しめられた中で勝ち上がった。MVPをとって、役職も得た。がんばってやっとここまで来た。
◆20代を失った我慢の代償をまだもらえてない
そんな彼が、自分より、年も、立場も下の20代女性に、下手にでるように望むは理解できる。自分もやられてきたから、お前もやれ。結果出す奴が偉いと言われ、売り上げが上がらない、立場が上がらない奴は、何されてもいい。その価値観を受け入れてきた。そして、自分が上に立てた時、下の人に同じことをした、それだけだ。
それだけど、残念ながら、彼の生きてきたルールはもう、今は適用されない。力ない人は従う、それ以外できない社会じゃない。私の働いていた求人広告代理店の採用募集を見たら、昔よりずっといい条件で募集していた。弱い立場になにしてもいい社会じゃなくなりつつある。
わたしたちは、どうしたらいいんだろうね。
過渡期に生きたわたしたちは、無理難題を呑んで、我慢して踏ん張ってきたんだ。それこそ、オジと呼ばれた彼は、20代、遊ぶ時間なんてなく働いたのだろう。そして少しお金を稼ぎ、ちょっとしたリッチな人になった今、可愛い彼女が欲しくなった。だけど、もう、オジになってしまった。20代と付き合えると思うな、高望みするな、と罵倒される。
じゃあ、オジらしく、金を払い遊びで女の子と接するべきか。だけど、遊びの対象として若い女の子を見られるほど割り切りれてもいない。彼はまだ独身のようだし、恋愛をしつくした気持ちも持てないのかもしれない。まだ30代、だけども、もう30代。
女の子からモテたい、評価されたい、そんな気持ちで仕事を頑張り、外見もそれなりを維持したのに、もう、女の子にとっての自分の価値は金しかないのか、と思えば悲しくなる。モテるにしては遅すぎたし、割り切って女遊びをするほど老成もしていない。
◆都合のいいオジオバになろうぜ
30代、若年のオジ、オバたちは、働き方改革なんてない時代、過労死が横に転がっているような時代に仕事を始めた。いつのまにかワークライフバランスが叫ばれ、残業は減って、給料はそれなりになったけれど、失った若さは戻らない。大量の顧客リストで消えた20代を取り戻すために、若い女とヤリまくろうとする、だけど、それでいいのか。
なんか、違うんじゃないかな。仮にヤリまくれて、それで若い奴にモテたぜと思っても、失った本当の20代は取り戻せない。20代前半のとき同級生にモテまくれた嬉しさは来ない。もう絶対来ない。自分の立場、金、経済的価値、そんなものに群がっていんじゃないかという不安は消えない。
ちょっと早いけれど、老け込んでしまおう。若さから降りてしまおう。
わたしたちの上司がしたような罵りや上から目線で若者を見てしまうのはいけないんだ。都合のいいオジ・オバになって、若い彼らと楽しく過ごす方が幸せなんじゃなかろうか。失った20代の代わりを楽しませてもらう、ぐらいの気持ちになるしかない。フランクに接して、若者に楽しませてもらっているという気持ちを持つ。そんな上司が20代の頃、ほしかったじゃないか。私たちは欲しかった上司になろうぜ。わたしたちは若者にとって、都合のいいオジオバになろう。嫌な気持ちが心を蝕んでしまう前に、モテたくて頑張るのを諦めてしまおうよ、もう、オジなんだからさ。