久しぶり、という文字が見えた。トーク画面を開かないまま削除した。
相手からは、未読スルー、つまり、ブロックされたと認識される。それでもいい。もうメッセージを送らないでほしい。
彼とは、飲み会で知り合った。その場では話が合い、何度か食事に行った。気になる点はいくつかあった。最初の食事の際に、呼び捨てにされたこと、こちらは敬語なのに、向こうはフランクに話すこと、性産業に従事する女性に対して、下に見ているように感じたこと、自分の周囲にいる女性への悪態、決定打はないが、いくつも積み重なっていく。
食事の誘いに対して、スケジュールが分かったら、こちらから連絡すると返した。一週間ほどたって、彼からメッセージが来た時、わたしは仕事中だった。忙しい合間に見た画面に見えた、久しぶり、という言葉に苛立ちを思い出した。
こうやって距離をとる男性は、彼だけではない。幾人かいる。馴れ馴れしい、距離が近い、人を見下す、もしくは、わたしを下に見る。そんな要素にいくつも触れて嫌になってしまう。
最近、ツイッターで見つけた「男性のケア」という話で、服部恵典さんがこんなツイートをしていた。
ダ・ヴィンチ・恐山が書いていることには本当に納得で、自分なりに言い換えると「ケア役割が女性化されている」のとは別に「ケア概念が女性化されている」側面がきっとあって、肩パンし合ったり、不幸があったときに「ざまあねえな」と声をかけたりするのが〈ケア〉である可能性だってあるんだよな
— Keisuke HATTORI (@HAT0406) 2026年3月10日
誰が書いていたか忘れたが、ある女性ライターが単著を出したときに男友達が「お!印税生活すか!今度いい酒奢ってくれよ!」とLINEしてきてイラッとしたが、いざ店で飲んだら全額払ってくれたというエピソードを話していて、これはまさに男性的ケアのノリと女性的ケアのノリの違いが現れた瞬間だと思う
— Keisuke HATTORI (@HAT0406) 2026年3月10日
ただ、それこそ恐山も書いているけど、この「男性的ケア」のノリが合わない「女性的ケア」(と仮に呼んでおくが)を必要とする男性もいる。
— Keisuke HATTORI (@HAT0406) 2026年3月10日
タイプロでシノが、振付を教えてもらったときにお礼も言わず「早く言えよw」と返していて炎上したらしいけど、
それは単に女性ファンが男子校のノリをわかってなかっただけじゃなくて、松島聡もそのノリが嫌いで叱ったからこそ、ジェンダー化されたケアの論理の違いが顕在化していた。
— Keisuke HATTORI (@HAT0406) 2026年3月10日
失敗した相手の肩をパンと叩き「ざまあねえな」と笑う。それが相手へのケア――気遣いになるのか。わたしが失敗したとき、されたらどうか。ちょっとイラっとすると思う。
そもそもケアとはなんだろう。オンライン辞書「Weblio 辞書」には以下の様にある。
気にかかること、心配、気がかり、不安、心配事、心配の種、気にかけること、(細心の)注意、配慮、気配り
日本語では「気にかけること、(細心の)注意、配慮、気配り」という意図で使われることが多いだろうか。恋愛や友人関係において、男性に、距離が近い、馴れ馴れしいと思うことは多い。この馴れ馴れしさが「気にかけること、(細心の)注意、配慮、気配り」の意図であるのだろう。
◆馴れ馴れしさが気遣い
男性に対して、距離が近い、馴れ馴れしいな、失礼だな、と思うことがある。だけどそれは、仕事の場面ではあまりなくて、プライベートで会った際だ。最近聞いた大久保佳代子さんのポッドキャストでも、付き合い始めで、彼氏が距離が近いという悩み相談を聞いた。
クリエイティブなはぬーんがしたい! - 大久保佳代子とらぶぶらLOVE - Apple Podcast
男性が慣れ慣れしいゆえに、不快になるときは、私的な場面が多い。仕事上の知り合いであっても、飲み会や、食事、雑談など、業務以外の場面だ。業務の場で、馴れ馴れしさを感じることはあまりない。仕事の場、ビジネルライクの付き合いでは、男性も、女性的なケアをできているのではないか。
例えば、会社内で尊敬している目上の人がトラブルを抱えたとき、肩パンしてざまあねえな、は言わないだろう。「大丈夫ですか?」「なにか手伝えますか?」など心配しつつ自分が役立てるか聞くだろう。
だが、ビジネスの場であっても、目下の人に対しては、距離の近さが気配りになる。後輩が失敗したときに、肩パンして気にするなよ、と笑うのは、気配りだ。だが、これは、目上の人にやったら失礼になる。
多くの女性がプライベートで求めているのは、目上の人に対する関係性なのだと思う。
実際、女性同士の関係では、男性が目下にする関係の構築はあまり行わない。
学生時代の部活などスポーツの場でミスを「ドンマイ」と言うのは、男性的なケアに似ているだろうか。それでもやっぱり「ざまあねえな」と笑ったりはしない。馬鹿にされたように感じるリスクがあるからだ。嫌われない、不快に思われない、相手を傷つけない対応、それが女性同士の関係構築だ。距離を保ちながら、相手を慮ってあげることが女性同士のケアなのではないだろうか。
◆気遣いが、迷惑になる瞬間
ここまで書いたが、わたしは女性同士のケアがあまり上手ではない。学生時代は、空気が読めないと言われ避けられたこともあった。不快にさせないコミュニケーションがうまいとは言えない。だから、その難しさは分かる。
難しいけれど、女性とトラブルなく、過ごすためには女性的なケアを対女性にたいして行っていった方が無難だ。仲良くなりたい、だから距離を縮める、は正しく見えるが、常に正しいわけではない。
距離が近くなると、嫌われるリスクも高まる。「嫌われないように」だけを気を付けながら、近づくほかないのかもしれない。相手の気持ちを無視した自分なりの『気遣い』は迷惑になりうる。
