オナホ売りOLの平日

大人のおもちゃメーカーで働くOLのブログ。

アイドルを殺さないために

「わたし、絶対ずっと頑張ってくから、ぜったい生き残るから!応援しててくださいね」

前のめりにファンに語る姿にかっこいいな、と思ってしまった。横で見ているわたしまで応援したくなる。以前、あるAV女優さんのイベントで、彼女がファンに語っていた。「絶対」なんて言えなくなるような、場面だってあっただろう。辛い経験も、自信がなくなる出来事だってあっただろう。でも、その、辛さを目の前のファンの前では出さない。綺麗な部分だけを見せている。わたしはそんなふうに、憂鬱を一切見せず、虚像を演じ切る女の子が好きだ。

 

最近ハマったアニメ「推しの子」を見て、そんなことを思い出していた。

 

 

「推しの子」の中で、アイドル事務所にスカウトされたアイは、当初は断ろうとする。親に捨てられ、愛されていない自分が、ファンを愛することなんてできないと、スカウトした事務所社長に伝えると、こう返される。

「嘘でいいんだよ、むしろ客は綺麗な嘘を求めている」

その言葉に、アイはアイドルになる決断をする。

アイドルになることは、虚像になること、嘘をつくことだ。いつでも前向きで、明るくて、元気で、暗い事なんて一切言わず、仕事が楽しくて、ファンもスタッフもみんな大好き、と笑う……そんな絶対実在しない女の子を実在させる。欠点を隠し、辛いこと、嫌なことなんてないと嘘をつく女の子がアイドルだ。

 

◆容姿を重要だと思うのは本人以外のみんな

「推しの子」同様、アイドルを題材にした作品に「キャッシー」という小説がある。主人公キャッシーは不思議な力を持つ虐められっこの女の子。アイドルに憧れているキャッシーは、自身もアイドルを目指すようになる。

物語の冒頭、キャッシーを虐めているクラスの美少女たちが、キャッシーが憧れているアイドルを馬鹿にするシーンがある。それをきっかけに、キャッシーは不思議な力でいじめっ子の美少女たちを惨殺していく。キャッシーに惨殺される美少女は死の瞬間まで美しさに執着する。

 

意識を失いそうになりながらも、月子は何かをつぶやいていた。うわごとのように。

「や、やめて……お願い、お願いだから……顔は、顔だけは……やめて ーっ!」

両手で顔をおおい、じたばたと身をもがいて、必死で鳥たちの襲撃を逃れようとしている。  顔……顔さえ無事なら……大丈夫、大丈夫なんだ、あたしは……だって……だって、あたしは……きれい、きれいだ、美少女なんだ……そう、そうでしょ?  ねっ、みんな、そう思ってるでしょ?  だよね?  ……絶対にそうだ、絶対に絶対にそうなんだ!  クラスメートも、先生も、全校の男子も……みんな、そう思ってる、みんなみんな、あたしに夢中……大好きなんだ、月子のことが……そうだ、そうに決まってる、あたしは……ナンバーワン……学校で一番の……美少女!  ああ、ああ、一番きれいな顔の……女の子なんだ!!  ぴたりと口笛がやんだ。さっとカラスたちが少女の体を離れ、着地する。

なんだか、わたしは違和感があった。美少女であっても、死の間際まで自分の顔に執着するだろうか。たしかに、若い可愛い女の子にとって、それを維持することは重要だろう。でも、きっとそれは沢山の重要なポイントのひとつでしかない。女の子が満たされるためには、それだけではない何かがいる。そこまでの執着を美だけに対して、持てない。いじめられっ子だったキャッシーが結果的にアイドルになったことでも分かるように、たとえ、アイドルになるだけの容姿があったとしても満たされないことだって多くある。

 

作者の中森明夫さんはアイドルを取材するアイドルライターを長く続けてきた。たくさんのアイドルたちを近くで、でも、外側から見てきた。その人が美少女をみる視点はそうなのかもしれない。そう見えるのかもしれない。女の子はずっと、かわいくて、美しくて、その美を失いたくないと思っている。

実際、傍観する人たちの中には下品な言葉を投げかけるものもいる。劣化した、老化した、老けた。美しい容姿をなくすことが、まず悪口の対象になる。

 

「推しの子」で、アイは、妊娠、出産したことを隠し、アイドルとして活躍する。アイが通った診療所の待合室。テレビで別のアイドルの結婚と出産のニュースが流れる。テレビを観ていた若い男はそれを見ながらこう話す。

「今、死ねばワンチャンアイドルの子として生まれ変われるのでは?」

「考えがキモすぎる」

「でもさ、男と子供がいるアイドル推せなくない?」

消費する側は身勝手に、次の人生のステップを踏むアイドルを拒絶する。大人になるアイドルを認められない。アイドルが恐れているのは、容姿の美しさを失う怖さなどではない、大人になっていく自分が拒絶され、居場所がなくなる怖さだ。自分自身が売り物として機能しなくなる恐怖。かわいいに執着しているのは、アイドル自信じゃなくて、見ている側の傍観者たちだ。

 

◆アイドルで居続ける未来はない

アイドルが恐れているのは、容姿が衰えることではなくて、未来がなくなることではないだろうか。最近、ある有名アイドルユニットから、女子アナになる人が続出しているとニュースで見た。

news.mynavi.jp

アナウンサーはアイドルのセカンドキャリアのひとつになっていると記事には綴られる。セカンドキャリア……そう、アイドルはずっとアイドルではいられない。

「キャッシー」と同じ著者の作品「青い秋」は、アイドルライターである著者が、1980年代から1990年代にかけて体験した出来事をモデルに書かれたと思われる小説だ。

青い秋

青い秋

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実在の人物をモデルにしたであろう登場人物も多い。その中に、岡野友紀子という名前のアイドルが出てくる。岡野友紀子は事務所の入るビルから飛び降り自死する。きっと、岡田有希子のことだ。

岡野友紀子の死後、主人公の中野はアイドルライター仲間の佐渡さんと、その死について語り合う。

「アイドルだから……じゃないかな」

 佐渡さんが顔を上げて、ぽつりと言う。

「アイドルだから……そう、アイドルだから、死んだんじゃないかな」 

えっ、何を言ってるか、わからない。

「孤独なんだよ、アイドルって。トップアイドルは、そう、頂点をきわめたアイドルはさ。夢は叶った、もう、これ以上、上へは行けない。あとは落っこちるだけだ。落っこちないように、落っこちないように、ただ、ひたすらがんばるしかない。まだ十代の若さなのにさ……それって……それって、きついよな」

目を伏せて、首を振った。

てっぺんに行って、あとは落ちるだけ、その恐怖と戦わなくてはいけない。歌を歌う、芝居もする……でも一番の売り物は、芸ではなく自分自身。だからこそ、次が分からない、てっぺんに行って、その後が分からなくなる。売り物としての自分自身が機能しなくなる。身勝手に消費する側は言う。可愛くなきゃダメ、若くなきゃダメ、子供が居ちゃダメ、結婚しちゃダメ……時を止めなくてはアイドルで居続けられない。

記事にあった女の子たちのように、女子アナになれる人はいいだろう、そうやって、他の道を見つけられる人はいい。でも、それが分からない、見つからないアイドルに待ち受けているのは、落ちるだけという意識。「青い秋」の中、アイドルライターの佐渡さんはこう続ける。

「めちゃめちゃ負荷がかかるんだよ、アイドルって。トップアイドルってさ。真面目な娘ほど、傷つくよ。グサグサやられるよ。ユッコみたいにさ。けど……けど、負荷をかけてんのって、彼女を傷つけてるのって……いったい、誰よ?」 

佐渡さんは、こちらを見た。

「俺たちじゃないか」 

はっとする。

「なあ、俺たちがアイドルを求めるから、負荷をかけてる。年端もいかない女の子を、めちゃめちゃ傷つけてる。なっ、そうじゃないか……そうだろ、中野くん」 

胸を突かれた。

「……俺たちが、ユッコを殺したんだ」 

俺たちが殺した……そうかもしれない。傍観者が身勝手な理想を押し付ける。それがいずれ、アイドルを殺す。

 

◆アイドルを殺さないためにできること

わたしたち、応援する側に何ができるだろうか。ここまで書いても分からない。わたしは、それでも、虚像を作り「ずっと頑張るから!」と言う笑顔の彼女を好きになってしまう。そして、AV女優という虚像を支える側として、応援しているファンには虚像を見せ続けてくれと願ってしまう。

だけど、わたしたちは、それが虚像であるという意識を持たなくてはいけない。過度に期待してはいけない。そして、仮に、彼女たちが、社会の期待する彼女たちでなくなってとしても、夢を見させてくれてありがとう、と思うしかない。劣化したとか、ダメになったとか、そんな言葉を投げてしまってはいけない気がする。「推しの子」でアイは、妊娠出産をしった過激なファンに殺されてしまう。そして、岡田有希子は飛び降り自殺をした。

わたしたちの虚像を求める願望が、アイドルを殺す。だから、わたしは、虚像を虚像だと認識しなくてはいけない。限られた範囲での幻。彼女たちにはアイドルではない、本名の生活がある。わたしたちはアイドルを殺してはいけない。